灰男

□そこに君がいたから
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ぽつ、ぽつ。
窓に小さな雨粒が飛び散る。

ぼんやりと、静かな教室で一人それを眺めていた。


3階の教室にいる春花の視界の右端、2階の渡り廊下に一人の少年が映った。

赤毛、だっただろうか。
ちらりとこちらを見た彼の翡翠色の目がキレイで、強く印象に残った。

しかし、春花はそれを特に気にすることなく、時々光る稲妻に身体をぴくりと揺らしながら、それでも窓から手を伸ばす。


そのまま、何かに引かれるように窓の外へ―――


-バンッッッ


落ちてしまうギリギリのところで教室に響いたのは勢いよく開けられたドアの音。

落ちかけた身体を、中へと引き戻す。


ふぅ、と息をついてドアを見るとそこにいたのは、肩を上下させながら息をする赤毛の少年だった。


「―……ラビ、君…?」


「はぁっ、はぁ……っ…お前っ、なにやってんさ!

なんでっ…今、なにして……!」


日本語になっていないセリフから、彼がどれだけ焦っていたのかが窺える。

膝に手をついて、安堵したのか、深く吐き出された息。



「……?さっき、2階にいたよね?」


「お前がっ!窓から落ちそうだったからっ、」


「だから、急いで走ってきてくれたの?」

ふ、と自虐的な笑みを、ラビ君に向ける。


「っ、」


彼の表情が変わったのを見て、しまった、と思った。

次に聞いたラビ君の声は、怒ったような、でも悲しそうなもので。


思わず目を逸らしてしまった。


「……俺は…っ、誰かが死ぬトコなんてもう見たくねーんさっ…」


だったら来なきゃよかったのに。そんな考えが頭の中を過ぎって、慌ててそれを掻き消した。


ごめんと呟けば、べつにいーけどさ、と不機嫌そうに唇を尖らせて。でも多分決していいとは思っていないのだろう。



「……そういえば、今日、誕生日なんだってね」


「!」

驚いたようなカオのラビ君が聞きたそうにしていることを、先に答えてあげた。

「ずいぶん、人気なんだね?
クラスの女の子たちが騒いでたから、」


「あぁ……べつに、」


「誕生日おめでとう、ラビ君」


「………おぅ」


再び静かになってしまった教室。
そんな静寂を破ったのはラビ君だった。


「…なんで、あんなことしてたんさ?」


「べつに死のうとしたワケじゃないよ。
なんとなく、手を伸ばしたらさ、そのまま勢いで、ってゆーのかな。
なんにも考えてなかった」


「……俺、今日誕生日だからさ。
プレゼントの代わりに一つだけ約束してくれさ」



なにそれ、と軽く笑ってから、ラビ君の真剣な表情を見てきゅっと唇を引き結んだ。


「……もう、あんなことしないでくれさ」


『頼むから』
掠れたようなこえ。
軽く伏せられた瞳。

とくん、と心臓がはねた。


「……うん、」


「…さんきゅ」


それじゃあ、と呟いて、ラビ君は教室を出て行こうとして、脚を止めた。

どうしたんだろう。そんなことを思いながらもラビ君を見ていると。


くるりと振り返ってラビ君は言った。



「俺が走ってきたの、多分、あそこにいたのがお前だったからさ!」


早口でそれだけ言って、今度こそラビ君は教室を出ていった。

一人残されたあたしは、熱くなった頬に手を当てて、小さくなったラビ君の背中をずっと見つめていた。












(君を見つけたら、)

(体が動いて。)

(気がつけば、)

(君のすぐ傍に。)
 

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