灰男

□イロノナイセカイ
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あのね、ユウ。

あの人は呟いた。 その身を血で濡らしながら。 悲しげにほんの少し目を伏せて。


「時々ね、あなたを壊したくなってしまうの 。強く、美しいあなたを」


「…意味、わかんねェ…」


「ふふ、そうよね。ユウにはきっとわからな い感情だわ。―別に、あなたが憎いとかじゃ ないのよ?ただ、あなたと闘ってみたいの」


「いつも鍛練の相手してるじゃねぇか」


そうじゃなくて、と彼女は首を横に振った。 血に塗れていた体躯は、今は雨で濡れている 。 濡れた団服は春花に張り付き、その細い体躯 を曝していた。



「殺し合い、よ。鍛練じゃあ殺気のレベルが 違う。ユウは本気を出していないし、あたし も出していない。そんなのもう飽きたわ。あ たしはね、本気であたしを殺しにきてるユウ を壊したいの。結果がどうであれ―そうね、 例えばあたしが壊されることになっても」


「…今日はよく喋るんだな」


「そう?ああ、そうかもしれないわね。たっ た今闘っていたからかしら。気持ちが高ぶっ ているのかも」


「違うな。その程度でお前の気持ちが高ぶる なんてことはない。少なくともアクマなんか でそうなるお前じゃないだろ」


「ふふっ、ユ ウにはお見通しね。そう、コムイに言われて ね。あたしが殺したブローカーはあたしの古 い友人だったわ。教団に来てからはあまり付 き合いはなかったんだけど…人間って変わる モノね。悲しいわ」


言葉とは裏腹に、その表情は嬉しそうに見え た。しかしそう見えたのはほんの一瞬で。次 の瞬間には顔をくしゃくしゃにして泣いてい た。

誰が彼女をこんな風にしてしまったのだろう 。初めて、声を荒げ、大粒の涙を流す様を見 た。 泣いたのすら見たのは初めてだった。



「(…俺だけに、こんな表情を見せる、のか… ?)」

そうであってほしいと願う。 自分が彼女のよりどころなのだと。彼女がこ んな風に泣くのは俺の前だけで。他のヤツら にはひたすら笑顔で。泣き顔は俺だけが知っ ていればいい。

そこまで考えて、ふと気付いた。

案外、独占欲なんてものも持っているのだと 。誰にも見せたくなくて、咄嗟に抱きしめて しまった自分がいた。

「ユ、ウ…?」


「うるせぇ。誰にも見せたくねぇからこうし てるだけだ。てめェのためじゃねーぞ」


「…ふふっ。ユウ、好きよ」


「…は!とうとう頭イカれたか?お前はコム イが、」


「違うわよ。コムイはあたしのお兄ちゃん なの。その好きとは違うわ」


「………」


「…やっぱりこんな汚れてしまったあたしは キライ?愛せない?」


そう呟いた春花の声が今にも消えてしまいそ うで、返事の代わりにさっきよりも強く抱き 締めた。



「…バカ野郎…、そんなの関係ねェよ。第一 、それが理由なら今こうやって抱き締めるこ となんてできねぇだろ、バカ」


「バカ、って二回も言われた…。でもありが とう、ユウ。やっぱりあなたを壊すのは止め にするわね?」


「当たり前だ。まあ、お前なんかに壊される 俺じゃねぇけど」


「ふふっ、どうかしら?」



嬉しそうに微笑む春花は誰よりも美しく、気 高い。その存在を確かめるために、もう一度 強く、腕の中からすり抜けてしまわないよう に強く抱き締めた。














(どうか、彼女の世界に色を)

(真っ赤に染まった世界じゃなく)

(鮮やかな色の世界を、)

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