黒籠

□涙のあとは、
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綺麗だ、と思った。

雨に打たれながら、泣く彼女を。



泣く、なんて言っても、泣きわめくとか、そういう『泣く』じゃなくて。


雨か、涙なのか。
どちらともわからない、混ざりあったモノが、静かに彼女の頬を伝っていた。



思わず俺は、買ったばかりの傘を彼女に差し出していて。


「あのっ……こ、これ、よかったら使って…っ……!」



「…ありがとう。でも、そしたらあなたが濡れちゃうわ」


「別にいいんス!!俺、身体だけは丈夫ッスから!!」



「……優しいね…」


ふわりと微笑む彼女は、本当に綺麗だった。
頬が一気に熱をもつのが分かる。

「…でも、やっぱり悪いわ。
あなた、モデルの黄瀬君でしょう?
モデルが風邪なんかひいたら大変だもの」


「!知ってるんスか!?」



「もちろん。
あたしも、海常高校なの。三年生だけどね」


「まじッスか!?」



どうしてこんな綺麗な人に、今まで気付かなかったんだろう。


「何度かすれ違ったこともあるんだけど……黄瀬君、おっきいから。あたしなんて多分視界に入らないのよ」


クスクスと小さく笑う彼女は、もう泣いていない。

―今更なんで泣いてたんですか。なんて聞けないしな。



とりあえず今聞きたいのは。


「名前、なんていうんスか?」


「名前?美夢よ」


「美夢センパイッスね」



確かめるように、センパイの名前を紡ぐと、センパイは少し悲しそうな、でもどことなく嬉しげに微笑んだ。

「傘、ありがとう、黄瀬君。
でもこれだけ濡れてたら、きっとイミないわ。
だから、黄瀬君が使って?」



「……俺、センパイになにがあったのか知んないッスけど、でも、今からでも、傘させばこれ以上濡れることはないんスよ」


自分でも何を言っているのかよくわからないセリフを聞いて、センパイは一瞬驚いたあと、俺にぽすんと寄り掛かってきた。

少しよろめきながらもそれを受け止めて、とっくに冷え切ってしまっていた身体をきゅ、と抱きしめる。


「ありがとう、黄瀬君。
あたし、雨だからって感傷的になってたみたい。
もう大丈夫。ごめんね」



「あ、いや…べつにいいんスけど……///」


さっきまでの静かな笑い方じゃなくて、太陽みたいな笑い方で、センパイは笑った。
雨のあとは晴れるように、涙のあとは、笑顔なのかもしれない。とか。

柄にもなくそんなことを思った。







(センパイが笑った理由が)

(俺のセリフであってほしい)

(なんて思ってしまう俺は)

(恋に落ちたのだろうか)
 

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