黒籠

□恐怖、幸福
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「なんで俺の言ってることがわかんないワケ?」


「っ…花、宮…せんぱ―…っ…痛い、です…っ…!」



歯を食いしばってみるが、それでも痛いものは痛いワケで。

ギリ、と花宮先輩の、手首を掴む力が強くなる。
僅かに血が滲んだ自分の手首。


苦痛に顔を歪めて、それでも涙は零さないように堪えてはいる。


「美夢、俺、君に言ったよね?
『君の気持ちに応えるから俺の気持ちにも応えて』って」


「……言、いました…けど…っ、」


「じゃあ、応えてよ」


「―ゃ……っ…!」



腕を引っ張られ、花宮先輩の腕の中に収まる。
以前は安心できていたのに、今は、恐怖しかうかんでこなくて。

だけど、抵抗するのも怖くて。


「先輩、怖い……っ…」


「ん?俺が怖いの?」


「………っ…」


「大丈夫、美夢がいい子にしてれば何もしないよ」


大丈夫、なんて耳元で囁かれても、その声は恐怖として残るばかり。

先輩、あたしには今の先輩はわかりません。
どうしてこんなことをするんですか。
どうしてそんなに泣きそうなんですか。


―怖いと思う反面、悲しげな先輩の表情は、何か別の感情を浮かばせる。

伸ばしかけた手を、一度引っ込めて、でももう一度先輩に向かって伸ばした。


ぴくりと反応した先輩は、とっさにあたしの手を掴む。
だけどその手をそっと外して先輩の頬に触れた。



「……花宮、先輩……、」


できる限りの笑顔で。


「あたし、ちゃんと…先輩のこと、好きですから……。
だから……、そんな悲しいカオしないで…ください、」


「本当に俺が好き?」


「はい…、先輩だけが好きです……」


そう言うと、安心したように先輩は笑って、それからそっと手首を握る手から力を抜いた。

そして、優しくその手首を撫でる。


「美夢、」


「はい、」


「もう、俺の前からいなくならないでよ」


「……わかり、まし…た…」


うん、と頷いた花宮先輩は、壊れ物を扱うかのようにあたしを抱きしめた。











(つかの間の、幸福)

(それはいずれ、)
 

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