恋ノ唄
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ケガをしてからもう結構経った。
「春花が入院してもう一ヶ月近くさね〜。
そろそろ退院できないんかな?」
お見舞いとしてコムイさんから貰ったフルーツの盛り合わせから、ごく自然にりんごをとって食べはじめるラビ。
いや、ラビのじゃないよ?
と思ったが、食べたいわけでもないので黙っておいた。
「あー…そうだね。結構いるんだよね、そういえば」
「もう目立つ傷はないんだけどな」
「まぁねー。でもとりあえず安静にってことなんじゃない?」
「……春花はすぐに無茶しそうだからなー…」
「む、そんなことないもん」
睨み上げる春花を笑って、また別のフルーツに手を伸ばす。
食べるの早いな、なんて思いながらぼんやりと空を見上げた。
――雲が穏やかに流れて。
「…今日はいい天気だねぇ……。
ゆっくり散歩でもしたいなぁ…。
でも眠いぃ…」
ふぁ、と小さく欠伸を漏らした春花を、それに気付いたラビがベッドに寝かせる。
眠いとは言ったけど今は寝たい気分じゃないんだよ。
どうせならひなたぼっこしたい。
暖かそうな外。
こんな日はきっと外に出たら気持ちいい。
「……まだムリかなぁ…」
「んー?外に出んのはまださ。
ちゃんと許可もらってから」
「知ってる。言ってみただけ。
………早く退院したいなー…」
ぽつりと呟いたセリフに、ラビが小さく微笑んだ。
ぽん、と春花の頭に手を置く。
(あ……安心する…)
「今はゆっくり休んでちゃんとケガ治せ。
治ったらどこでも行けっから。……それに、連れて行けるし」
な?と髪を梳いて。
陽の光で輝くラビの綺麗な赤銅色の髪。
思わず見とれてしまった。
「どした?そんな俺のコト見つめちゃって」
イタズラっぽく聞いてきたラビだが、
「んー?ラビの髪がキレイだなーって思ってさ」
意外に真面目な答えをもらってしまい、照れている。
「あー…うん、さんきゅ」
「何照れてんの。………ラビ、ちょっとしゃがんで」
「?」
素直にしゃがむラビの髪を、くしゃくしゃと弄ぶ。
意外に柔らかい。
わさわさとした感覚。
犬のようだと思わないこともない気がする。
「気持ちいいー……」
「そうかー?春花の髪のが気持ちいいけど」
「いやいや、一番は神田だよ」
「それもそうか」
そんなことを言いながら、二人で笑っていると、
-コンコン
軽いノック音が病室に響いた。
「桜海さん、よかったですね。
もう退院してもいいですよ。
―でもしばらくは安静ですからね」
それだけ告げて、病室を出て行った看護婦さん。
二人で顔を見合わせて笑った。
+++
まとめた荷物を持って、外へ出ると早速体を伸ばす。
一ヶ月も体を動かしていないと、随分体が重く感じた。
「やっと帰れるねー」
「そうだな。ま、しばらくは安静だけどな」
「あー…うん」
まだしばらく体を動かせないのは残念だが、教団に帰れるのはどこかうれしい。
心なしか弾む足。
後ろから、
「あんましはしゃいでっと転ぶぞー」
ラビに声をかけられたが知らないフリ。
でもすぐに。
-ガッ
近くに落ちていた石に足を引っかけ、転んだ。
「………いったぁ…」
あーあ、とため息を一つこぼしてから手を伸ばしてくれるラビ。
その手を掴んで、一気に立ち上がらせられる。
勢いあまってラビにぶつかってしまい、慌てて離れた。
「あはは、ごめんごめん。はしゃぎすぎた」
「だから危ないって言ったろ?」
喉の奥で笑うラビにほんの少しドキリとしながらも舌を出して逃げる。
――多分、あたしはラビが好きなんだ。
だけど、それを認めたくない自分がいて。
あの時のことが、いまだに忘れられないのかもしれない。
「…わっかんないなぁ……」
自分の気持ちがイマイチ分からず、ぽつりと呟いた言葉。
幸いにもそれはラビに聞こえていなかった。
(とりあえずは、帰れることを喜ぼう。そして今度は絶対に失敗なんかしない)
そう心の中で決め、ホームへと向かった。
(帰る場所ができた)
(とても嬉しいことなのに)
(素直に喜べない自分がいるのは)
(なぜか、)