君に捧ぐ純情(短編)
□Dear my…
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「お前さ、いっつもニコニコしてるけどストレス溜まんねーの?」
珍しく二人揃った日曜日、久々に向かい合って夕食を食べながら不意に気になっていた事を口にした。
自分は短気を起こす自覚があるが誰しもそうではないように、目の前の男に関しては短気なんて言葉が特に似つかわしくない。
オレの質問に動かしていた箸を止めた野分は、案の定キョトンとした表情で少し首を傾げて答えた。
「いっつもニコニコ?してますか?」
「してるだろ。」
本人には自覚がないのか、今更とぼける野分に間髪入れずに突っ込む。こいつのニコニコ以外の表情って考えたら少ないかもしれない。
「お前が怒るってあんまり見た事ないけど、どんな事で腹立ったりすんの?」
勘違いで別れを切り出した時とか、津森との仲を疑った時とかに大きい声を出した事はあったけど、それ以外はずっと笑顔だ。
その時は腹が立つというよりはオレを引き留める為だったり、オレに追い詰められて反発してしまった感じだ。
野分からの怒りを直接向けられた事って、もしかしてないんじゃないんだろうか?
だから一体どんな事で怒るのか少しだけ気になった。
もしかしたら、こいつのことなら全て知っておきたいという独占欲の現れかもしれない。
「えーっと。自分の事は最悪良いかな…ていうか、そう言われればあんまり怒った事ないですね。」
しかし当の本人は直ぐに思いつかないのか少し困り顔で、それでもオレの質問に答えようと必死に答えを探している。
「そうだな〜。あ、例えば大切なモノを傷つけられるとか。」
ようやく絞り出した具体例も何だかハッキリしなくて、オレは尚も核心に触れるように切り込んだ。
「大切なモノ?何?本とか?」
大切なモノと言われて一番に浮かんだものを素直に口に出してみたが、野分とオレでは本の重要度が違うのか野分は直ぐに首を横に振った。
そして相変わらずの優しい笑顔で、こいつは決まって同じ事を言うのだ。
「俺の場合はヒロさんです。」
大切なモノ
そう言われて一番に浮ぶ自分
「…オレはモノじゃねー!!」
あまりに当たり前のように言葉にするから、思わず一呼吸遅れて照れが押し寄せてきた。
いつものように恥ずかしい発言を何の気なしにしてしまう野分に、体温の上がった手で頭を叩いた。
すると野分はオレに叩かれた部分を押さえながらも笑って「だって本当のことです」なんて更に付け加えた。
何言ってんだか…と思いながらも悪い気はしないのは、自分も同じ気持ちでいるからかもしれない。
「…来ない。」
とは言うものの、やはり急患よりは劣るというもので。
待ち合わせから3時間、相変わらず野分はやって来ない。
そんな会話を交わしてから数日後、冬場の病院はやはり例年通り忙しいようで野分の休みはあれから一切ない。
何時もの事だがクリスマスも正月も帰って来なくて、そのことを気にしたのか野分の方から今日は早く帰れるからメシでもと言い出した。
この状況では途中で呼び出されるのがオチだと判っていたけれど、それでも少しでも会いたくてオレも半ばドタキャン覚悟でOKした。
待ち合わせの1時間前に来てしまうくらいには、恐らく自分も楽しみにしていたのだと思う。
(まぁ、いつもの事だけど。)
今更傷ついたりしないけど
相手が夢を追いかけている時
重荷にならない為には何が必要だろう?
その答えをオレは長年の付き合いの中で学んだ
覚悟だ
最後まで自分も相手に付き合うという『覚悟』
それが揺らいだ時、きっと関係の修復は出来なくなる
「…あ。雪だ。」
寒いと思ったら今年最初の雪が辺り一面を白く染め始めている。
オレ以外にもこの場所で待ち合わせをしていた人たちは、時間が経つ毎に待ち人と共に姿を消していく。
誰よりも最初に来て誰よりも長く待っている自分の存在を、一体どれくらいの人が気付いているんだろう?
みんな自分の事に必死で実は周りの事には無関心な人が多い中、大切なモノと言われて一番にオレを挙げた待ち人の事を思い出す。
(…野分も見てるかな?)
そんなはずはないと思いながら、空から落ちてくる雪を見つめて考えるのは野分のことで。
未だ来ない恋人を、もう少しだけ待つことにして、ずりかけたマフラーを巻き直した。
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