君に捧ぐ純情(短編)
□もうはなさない
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この状況に陥った時
一体どんな対応が妥当だろうか?
少なくとも今の自分には思いつかなくて、ココにいるのがまるで自分じゃないような感覚さえする。
それ程までに現実を直視したくなくて、オレは自ら現実に戻る勇気がなかった。
「教授。すみません、あの棚の一番上の本届きますか?」
朝いつもどおり出勤してコーヒーを飲んだ所で、今日の朝準備するはずだった文献の事を思い出した。
昨日の帰り間際に気付いたけれど、そんなに難しい物ではない。
それに朝一の授業はないので、朝は少し時間があるから今日に回したのだ。
必要な資料が見つからないので、教授に聞かないと判らないというのもあったが。
そんな訳で朝出勤して何となく本棚を見上げれば、たまたま探していた本を発見した。
しかしそれが棚の一番上にあり、自分では届きそうにない。
(椅子を使ってもギリギリっぽいから、脚立持って来ないとダメかな…。)
そんな事を考えて棚を見上げていると、丁度教授が研究室に到着した。
「上條、おはよ〜!」
そんな軽い挨拶をしながらネクタイを正す教授に、本を取ってもらおうと声をかけたのだ。
****
「しっかしな〜上司にこんな事させるかね、普通。」
そんな事をぼやきつつ、教授は椅子に乗って棚の上に手を伸ばす。
まるで自分が上司を扱き使っているみたいな言い回しにムッとして、オレは教授の背中に文句をぶつける。
「そんな事言いますけど、本をこんなに積み上げたの教授でしょ?使った資料は樹海に戻してくださいよ!」
樹海こと教授の書庫から引っ張り出して来た本も、戻すのが面倒なので狭い研究室に置きっぱなしにしてある。
そんな事が頻繁にあるもんだから次第に小さな棚は埋まり、上にまで積みあがっていった。
(忙しいのは判るけど、ここまでズボラだなんて…!)
わかってはいたけど流石に少し呆れた。
目当ての本は教授が椅子に乗ってやっと届く所にあり、教授は手に取った本をこちらに投げて寄越した。
「ほらよ。まあ、こんな状態にしたのは俺だから言い返せないのが痛いな。」
教授は掛け声と一緒に椅子から降りた。
「ありがとうございます。」
オレは一応お礼を言って自分のデスクに戻ろうと踵を返す。
その時、足元の本に蹴躓いた。
「あいてっ!!」
躓いた拍子に少しよろけて、咄嗟に隣の棚に手を付いた。
瞬間、衝撃で棚が揺れて積み重なっていた本が一気に雪崩を起こした。
「うわっ!!」
「上條!!」
本に埋もれる直前に教授が庇ってくれたようで、オレの上に教授が重なった。
幸いオレは床に後頭部を軽く打った程度で、後は何ともなかった。
「…教授、大丈夫ですか?」
「何とかな。お前は平気か?」
自分を庇ってくれた相手に無事の確認をしてから、オレは両手で体を支えて体勢を起こした。
「大丈夫です。…あ〜、これをまた片付けるのかと思うと憂鬱です。」
悲惨な状態の床を見つめながら心に浮かんだ感想を呟いた時、勢いよく研究室の扉が開いた。
そちらに視線を向ければ、そこに居たのは見知った顔だった。
「宮城!今日の予定……」
それだけ言って固まる。
そしてその日の不幸はこれに留まらず、不幸は更に不幸を呼ぶ。
「ヒロさん!お弁当忘れて……」
その後ろから野分が走ってきて、研究室の中を見た瞬間言葉を切った。
「…何してんの?」
静かに沈黙を破ったのは、教授の相手の高校生。
確か学部長の息子さんだ、なんて呑気な感想しか湧いてこない。
床に散乱した本
押し倒している
(様に見える)教授
押し倒された
(様に見える)オレ
この状況を打破する手立てを、誰か教えてくれ…!
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