君に捧ぐ純情(短編)

□アンケートお礼SS
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アンケート第1位

「ココロのコトバ」165pt



背もたれに体重をかければギシっと重たくて鈍い音がした。

背筋を伸ばせば背もたれが反り返って世界が反転して見える。

そういえば子供の頃はよくこういった遊びをしたような気がする。

反転した世界が見せたのは反対側の教授の机。

違和感を感じるのは反転しているという事実だけで、本が散乱して大変な事になっているのは何時もの事だ。

そんな事をぼーっと考えていると、机の上の携帯が着信を知らせたので手に取って画面を開いた。

確認すれば野分からのメールだった。


【ヒロさん、お疲れ様です。今日は難しい会議に出席させてもらえました。
一歩前進出来た気分です。】


以前はメールと言えばメシが要るだの、今日は帰れないだのと…そんな話ばかりだったのに。

あんな事があってから、野分は前以上に頻繁にメールを寄越すようになった。


『お前を困らせたくないだけなのに!何で嫌いになったとか言うんだっ…!』


ただ単に構って欲しかった

それだけが理由じゃないけど、これはこれで正直言って嬉しい。

研修医は忙しい

でもそれはどの職業にも言える事で、自分達だけが特別にスレ違ってる訳じゃない

他の恋人達もそういうものを乗り越えていて、もしかしたら会うのさえ困難な人たちも居るかもしれないし

その点からすれば、オレ達のスレ違いなんて可愛い方なのかもしれない


(そう思うと、数週間置きだけど会えるのは…もしかしたら幸せなのかも。)


当たり前に交わしている
文字に載せた想い

相変わらずメールでしか想いを伝えられなくて、現実は決まってプライドや意地ばかりが先行してしまう。


だけど最近ふと思う


全ての人が想いを
素直に言葉に出来るなら

“メール”“手紙”

そういうモノは誕生しなかったかもしれない

何の為に存在しているか

それはオレ達みたいな不器用な人たちの“コトバ”の代わり

言えない気持ちを届ける為にあるのかもしれない


(…焦らなくてもいいのかも。)


そういったモノが今の時代も残っているという事は、きっと何時の時代にも不器用な人が居るということで

そしてこれからも
無くなる事はないだろう



「おーい上條、そこにあった本…。
…何携帯画面見つめてニヤけんだよ。怪し〜い!」


携帯に綴った文字を見つめたまま和んでいると、唐突に後方の扉が開いて教授が戻ってきた。


「さては彼氏君からか?いや〜上條も恋する乙女だねぇ♪」


「別にニヤけてなんかいませんし、乙女でもありませんよ!
ほら、お探しの本は一番下に埋もれてるやつでしょ!」


変な目で見てくる教授の言葉に反論して、ついでに探していたらしい本を発見したので指摘した。

それから再び机に向き直り返信メールの作成を始める。


【そうか。身体壊さない程度に頑張れよ。】


オレが送信ボタンを押そうとした時に背後で事件は起きた。


「おーこれだこれだ!よっこいしょ……ぎゃー!!」


バサバサっという音がして、教授の絶叫が室内に響く。

何事かと振り返る前に大体の予想はついていて、オレは携帯を握ったまま溜め息をついた。

きっと無理に一番下を引っ張ったから本が雪崩を起こしたのだろう。


(あーもー!手の掛かる人だっ!!)


オレは手早く文章を付け足し、送信ボタンを押して本に埋もれている教授の救助へ向かった。






【オレは、頑張ってる……お前が好きだ。】





END


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