君に捧ぐ純情(短編)

□津森さんの日常
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休憩室へ行ったら、入れ替わりに野分が出てきた。


「あ、先輩お疲れ様です。」


「おーう、お疲れ。」


俺と入れ替わりに休憩時間が終わったらしい野分は慌しい足音を響かせながら部屋を遠ざかる。


「廊下は走るなよ〜。」


もう聴こえていない本人に軽く注意をして机に目をやると、ポツンと携帯電話があった。

タイミングからして、たぶん野分の忘れ物だろう。

黒い折りたたみで、ストラップが何もついていないのが持ち主を物語っている。


(ったく…仕方ねーなー。)


届けてやろうと手を伸ばして、手に持ってから頭を過ぎるものがあった。


(そうだ!退屈しのぎに中、少しだけ見てやろう。)


別にメールの内容を細かく見ようってんじゃない。

待ちうけとかカメラで撮ったものを少し見る程度の悪戯だ。

俺は半ばウキウキした気持ちで、閉じられている黒い折りたたみ携帯を開いた。

パチンと音がして画面が表示される。

メニューボタンを押した途端、変な音と共に画面いっぱいに文字が表示された。


“パスワードを入力してください”


(くそ…いっちょ前にロックかけてやがる!)


俺もそこで諦められれば良かったのだが、ここまでくるとロックまでして守っている中身が気になる。


(もし俺がパスワードを設定するなら、絶対簡単に押せる数字にするな。)


そう思って最初に野分の誕生日を入力してみる。

“パスワードが違います”


(誕生日じゃない…とすると。)


俺は次に0930と入力する。

“パスワードが違います”


(自分の名前なわけないよな。)


俺はダメもとで自分の誕生日を入れてみた。

確かこの前チラリと話した気がする。

“パスワードが違います”


(…わかってたけどな。)


もしこれでロックが開いたら逆に困るんだけど…色々な意味で驚くから。

でも意外性って意味ではパスワードに適している気がする。


(野分のことだ、絶対に上條さんが絡んでるはずだ!)


しかし俺は彼の誕生日を知らない。

ダメかと諦めかけて、ダメもとで思いついた数字を打ち込んでみる。


(0163…ヒロさんvなんちゃって☆)


“ロックを解除しました”



「え?!嘘だろ?!!」


俺はあまりの出来事に誰も居ない休憩室で叫んだ。

今年始まって以来のびっくりな出来事だ。

まさか適当なゴロ合わせで開くとは…


(いや、まぁ…うん。目的は果たせた訳だし。)


俺は奴の恋人しか考えていない事実に若干引きながら、気になっていた待ち受けを見た。

すると期待はずれ

画面は普通の最初から設定されているものだった。


(じゃあカメラだな!)


俺は興味の対象をカメラの画像に移して、データフォルダを選択して開いた。

するとあるわあるわ…

捲っても捲っても、出てくるのは上條さんの写真ばかり。

その殆んどが本を読んでいるか寝ているかで、こっそり撮った感が漂う。


(なんだこれ…野分の隠し撮りコレクションか?)


確かに上條さんに携帯を向ければ、簡単には撮らせてくれそうにない。

かといって仮にも恋人なのに、本人の意識が薄れている時やない時に…。

俺は写真を捲っているうちに、何とも言えない気持ちになってフォルダを閉じた。


(もしかしてこれの為にロックを?)


上條さんにバレたら、その日が野分の命日かもな


続いて俺はメールフォルダを開いた。

何となく受信じゃなくて送信にしたのは、普段のアイツがどんな言葉を飛ばすのか気になったから。

日頃から会う機会が多いので、野分と滅多にメールなんかしない俺からすれば未知の世界だ。

送信フォルダを開くと、送信先は見事に1人の名前のみで埋め尽くされていた。

“ヒロさん”

予想通りだ

俺は一番最後に送信されたメールを開いた。


『ヒロさん、愛してますv』


ダメだ、こいつ普段と何も変わらねぇ

呆れかえって最後から二番目のメールを開いた。


『今日は早く帰れます。待っててくださいね。』


(そうか、アイツ今日は夕方には帰宅か。)


どうやらこっちが主な内容だったらしい。

たぶん一番最後のメールは会話が終わった後に、野分が勝手に送ったのだろう。


(イタイやつめ…。)


そんな感想を持っていると、突然野分の携帯が震えた。


「うわ!びっくりした!!」


見るとそれはメールの着信で、送信者は上條さんだった。


(気になる…!)


俺はメールアイコンが消えてしまうのにも構わず、届いたメールを見た。


『うん。』


たった一言だった

でも俺の中で、何か心が温かくなるのを感じた。


たぶんこれは一番最後の

『ヒロさん、愛してますv』

という文に返された言葉。

それの返事が

『うん。』




「何て言うか…お前の愛は一方通行じゃないんだな。」


二人で想い合うから

『恋』になるんだなー

なんて、後輩の熱に当てられて
久々にそんな青春染みた事を思った。




****




おまけ


「あれ?!先輩!俺ここに携帯忘れてませんでしたか?!」


「さー?1人で恋人にでも会いにいったんじゃないか?」


「は?ちょ…!先輩、絶対何か知ってるでしょ?!」




はいはい

君達のバカップル度は
痛いくらい知ってますよ


だから少しだけ意地悪を


愛しのハニーからの返事は
隠された携帯を
探し当てた後で…



END




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