君に捧ぐ純情(長編)
□イチブトゼンブ
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人はたくさんのモノを持って生まれてくるというけれど
それが全て恵まれた才能や素質じゃない
オレのように望まない力を備えてくる者もいる
日に日にそれが恐ろしくなり
やがてコントロール出来ない何かに支配される
それは本当に自分自身なのか
時々判らなくなる程に強い力だ
ある日の昼下がり、見慣れた扉の前に立っていた。
ここは確か自宅の客間だ。自宅でありながら数える程しか入った事の無い部屋の前で自分は一体何をしているのだろう?
謎が解けないまま、仕方なく目の前の扉を開くと、珍しく父がソファーに腰かけていた。
普段は仕事で頻繁に家を空けているはずの父が、飲んでいた珈琲カップを机に戻して顔を上げた。
「おぉ、来たか。待っていたぞ。」
父は何でもない風に自然な笑顔で迎えた。確か呼び出しを受けていた記憶もないし、何より自分と話をするのに客間を使うのは不自然だ。
納得がいかないが、父に座るように言われた以上は退出も出来ないので彼の正面に腰かけた。
「それで?私に用事とは一体どうしたんだ?」
一息つく前に父は早速本題に入ろうと声をかけてきた。どうやら呼び出したのは自分の方だったらしい。
一切記憶にないが、多忙な父を呼び出しておいて今更覚えていないなんて言い出せず、慌てて持ってきた鞄の中に手を入れる。
何でもいい。話題になるものは何かないだろうか。
そんな必死なオレの手に何か固い感触のモノが触れた。
掴んだ瞬間にそれが何か理解する。毎日触っているそれを間違えるはずがない。
鞄から引っ張り出すと、やはり書物だった。
しかし自分の鞄から出てきたはずなのに、見た事のない本だ。ハードカバーの表紙は塗りつぶしたように真っ黒だ。
とりあえず机の上に出して、父が先ほどまで手にしていた飲みかけの珈琲カップの隣に置いた。
「それは洋書か?」
オレと同様に書物を愛してやまない父は早速その本に食いついた。
確かに表に書かれている文字はアルファベットだったが、大学で英語を専攻している自分にも何が書いてあるのか判らなかった。
これは本当に英語なのだろうか?そう思わせるほど、その文字から感じるのは禍々しい何かだ。
「ちょっと見せてくれないか?」
オレが本の表紙に気を取られている隙に、好奇心を抑えられなかったらしい父が本に手を伸ばした。
父の手が本に触れた瞬間、その手を真っ黒い霧が覆っていく。
それはあっという間に父の全身を飲み込み、咄嗟に手を伸ばしたがオレの視界も闇に覆われて何も見えなくなった。
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