君に捧ぐ純情(長編)

□YOU&I
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本当は真っ直ぐ帰れるはずだった

もしも1日家を空けなければ、今も判らなかったかもしれない


お前の本当の想いに
気付けてなかったかもしれない









『頼む上條!!俺の代わりに手伝って来てくれ!!』


「………。」


手に持った携帯から気分をぶち壊す言葉が聞こえた。

今日、宮城教授は他の大学の資料集めを手伝いに行く予定だった。

しかし当日にまさかの風邪(39度)で行けなくなり、先方に事情を連絡したら大丈夫だと返事が来た。

だから代わりにオレが行くかもしれないという概念は取り除いていて、講義も終わって気持ちよく帰宅しようとしてたのに…


(なんで今更…大丈夫だって言ってたんじゃなかったのか…?)


携帯を持った手が怒りに震え、黙っていたら必死に説明する教授の声を拾う。


『最初は順調に進んでたらしいんだけど、急に学会の変更があって資料も全部変更になったらしくて…
うちの大学と合同でやるやつなのに、相手さんに全部任せるのもマズイし…。』


「………。」


教授の言っている事は判る

合同で行うものだし、資料はその日までに要るから特急で今夜は帰れないのは確実。

それならばこちらからも応援を送るべきだし、まだ治りかけの教授を行かせて風邪を移したら大変だ。

その点で言えば、どう考えてもオレが行くべきだろうとは思う。

だけど


(今日は、久しぶりに野分が帰って来るのに…。)


何週間も家を空けていた野分が帰って来るとメールを寄越したのは今朝だった。

だから教授が居なくて仕事が忙しくても、これが終われば野分に会えると考えるだけで頑張れた。

しかしそれがダメとなると、今日の疲れが一気に肩に圧し掛かってきたみたいに気分が沈んだ。

仕事だから仕方ないのは理解しているけど、どうせ行かなきゃならないなら少しくらい駄々を捏ねてもいいだろ。


「……わかりました。今から行って手伝って来ます。」


『すまん!上條!助かった〜!!』


答えたすぐ後に携帯から声が返って来る。

オレの性格上仕事の事となれば断らないと判断しての頼みだろうけど、今回ばかりは憂鬱感が半端じゃない。


「でも今から行っても距離がありますし時間もかかるでしょうから、多分明日は昼から出とかになりますけど…。」


『おう!大丈夫だ!大学には説明しとくから!何なら休み取ってもいいし!』


そこまで言う教授に相当悪いと思っているのだと判断して、憂鬱だがオレは黙って手伝いに行く事にした。


(野分には悪い事したな…。)


メールで今日はオレも早く帰れると言ったら、久しぶりだから張り切ってご飯作って待ってますと返ってきた。


「野分の料理…食べたかったな…。」


誰も居ない研究室で呟いて、通話を切った携帯から野分にメールを送る。


『悪い、仕事が入った。徹夜仕事だから今日は帰れない。』


それだけ送って後ろ髪を引かれる思いで携帯を閉じ、大学を出て電車に乗り込む。

向かっている途中でマナーモードの携帯が震えて、確認すれば野分からの返信だった。


『お仕事お疲れさまです。わかりました。明日は休みなので、その時にゆっくり話しましょう。
ヒロさん、無理せずに頑張ってください。』


それを読んで温かい気持ちになり、目的の駅に着くまで何度も繰り返し読んだ。


(帰ったら朝方の早い時間だから、未だ寝ている野分に朝食を作ってやろう。)


それを一緒に食べながら久しぶりに顔を合わせて話をして

教授が休みを取ってもいいと言ったから、何処か買い物にでも行ければいいな…


そんな事を考えながら
目的地まで電車に揺られた




****




オレを含めて4人で膨大な量の資料と向き合って、変更箇所と戦いながら何とか仕事を終わらせた。

相手側が寝所を提供すると言ってくれたが、丁寧に断ってオレはクタクタになった身体のまま始発で家を目指す。

寝惚け眼で今にも眠ってしまいそうで、最寄り駅を通り過ぎないように耳をすませるのに必死だ。

駅を出て少し歩き、漸く家に辿り着いた時には空は明るくなっていた。


「ただいま。」


静かにドアを開けてから、寝ているだろう野分の為に小さい声で言う。

靴を脱ぎそっと音を立てないように野分の部屋のドアを開けると、案の定グッスリ寝ていて起きる気配はない。

夜勤明けの野分は疲れているのか全然起きてこないのが普通だ。

疲れているのに、野分はいつも帰って来たらオレの為に手料理を作ってくれる。


(…ごめんな…。)


だからこそ夕飯を共に出来なかったお詫びに、せめて朝食を作ってやりたいと思った。

どんなに眠くても疲れていても、好きな人の為なら関係なく頑張れる

そんな感情を教えてくれたのは野分だった


野分を起こさない様にドアをそっと閉めて、荷物を自分の部屋に置いて上着を脱ぎ捨ててリビングへ向かう。

冷蔵庫の中を確認したら急だったので特に何もなく、目玉焼きしか作れそうにない材料たちに肩を落とした。


(まぁいいか…とりあえず洗面所。)


朝食に取り掛かる前に、まず顔を洗おうと洗面所に向かう。

浴室横の洗面所の大きな鏡で自分を見れば酷い有様だった。

眠さを振り払うために冷たい水で顔を洗い、タオルで拭きながら不意に視線を落とすと…


(あれ…?)


スッキリした目で洗面所を見れば、見覚えのない物が存在している事に気付いた










それは何処からどう見ても
女性の化粧ポーチだった


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