君に捧ぐ純情(短編)

□パーフェクトライフ
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寝癖で跳ねた後ろ髪を撫でつけながら

『ヒロさんは寝癖も可愛いですv』

同居人が言った言葉は
この時期に何度もリピートされている

その事を奴は
きっと知りもしない











帰宅して買い込んだ食材を冷蔵庫にしまい、久しぶりの天気にベタついた身体を洗おうと風呂に直行した。

洗濯物を放り込んだ洗濯機を覗き込み、この天気なら洗濯物も外に干せるかな?そんな言葉が頭を過ぎって我にかえる。

思考が完全に主婦になっているのに気が付いて、恥ずかしさから勢いよく洗濯機の蓋を閉めた。


(違う違う…!そんなどこぞのアホな新婚夫婦じゃあるまいし!!久しぶりの暑さで思考がショートしてただけだ!!///)


梅雨時期では洗濯物も中に干すので、自分は晴れた日に干した洗濯物が好きなんだ、うん!そうに違いない!!


恥ずかしすぎる行動に自分に言い訳をしながら、ザバザバと大量のお湯を頭からかぶる。

それからシャンプーに手を伸ばして何時もの様にポンプを数回押したが、何度やっても何も出てこない。


「あれ…?空か?」


そう思って入れ物を持ち上げてみたら案の定軽く、どうやら昨日使い切ってしまったようだ。


「あーしまった…。買い置きないかな?」


詰め替え用を探しに濡れた髪のまま洗面所に出て、いつも買い置きを置いている棚を覗き込む。

しかし普段こういう事に気付くのは野分で、奴が不在の時は買い置きが空になるのだ。


「ないか…。今日買い物行ったのに買っとけばよかった。」


ガックリと肩を落としていたら、棚の隅に小さな袋がチラリと見えた。


(あ、貰った試供品。)


通りかかった薬局での配布物で、確か中身はシャンプーだったはずだ。

そう思ってそれを手に取り小さな袋を開ければ包みが2つ入っていて、同じものなので2日分らしい。

とりあえず今から買い物に行くのは面倒だし、仕方ないので今日はそれを片手に風呂場に戻った。




****




「お〜すげぇ!寝癖がないっ!」


朝起きて今日も雨が降っていて、どうせ頭が凄い事になっているんだろうと思って洗面所に向かったが良い意味で裏切られた。

何時もはヤバイくらいに跳ねている髪が、雨なのにも関わらず大人しく収まっている。

毎朝苦労してワックスで撫で付けいた時間が馬鹿みたいだ。

時計を見れば家を出るには早い時間で、これならゆっくり朝食の支度が出来る余裕がある。


(でも何で、今日は寝癖が出ないんだろう?)


理由を洗面所で考えあぐねて、不意に目に付いた棚からはみ出している試供品を見つけた。

もしかして…

衝動的にそれに手を伸ばし、大きなパッケージが飛び込んでくる。


“あなたに足りないモノを補うシャンプー”


(いや、そんなまさか…ただの女子へのおまじない的な言葉だと思ってたのに…。)


信じがたい事実に戸惑いつつ、しかし悩みが解決して悪い気分ではない。


「…まぁいいか。」


なんにしても
遅刻にならないならそれでいい


試供品の袋を棚に戻し、再びリビングに戻って出勤の準備をする。

今日は野分が帰って来る日だなと思いながら、昨日買った食材で出来る晩御飯のレシピに完全に思考を埋め尽くされた。




変化に気付かないのは
本人だけなのだった


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