君に捧ぐ純情(短編)
□New Message
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「ヒロさん、次の日曜日何処か行きませんか?」
不意に切り出された言葉に思わず眉を寄せた。
普通だったら恋人から何処かに行こうと言われたら喜ぶところなのだろうが、オレ達の間では違ってくる。
その理由は相手の職業にあり、それ故に特に休日なんかは“普通”というものが通用しない世界でもある。
「…この前のこと気にして言ってるなら無理するなよ。別に埋め合わせとかいいから。」
だから素っ気無いように聴こえるオレのこの言葉だって、実は裏側に小さな労わりや思いやりが潜んでいる。
職業柄なかなか休みが取れないし、休日と決まっていても急遽仕事になったりするので約束がダメになる事も多い。
呼び出されていく野分は本当に申し訳なさそうに行くけれど、対するオレはその背中を誇らしげに見送るのだ。
本当は寂しいという気持ちも大きいけれど、相手のやりたい事を自分のせいで潰したくはない。
それが誰かの命を救う事が出来るというのだから、余計に自分の約束などとは比べる余地もない訳で…。
(でも、気にしないでいいって言っても気になるんだろうけど。)
この前の日曜日も一日休みが取れたから、久しぶりに何処か遠出にでも行こうという事になったのだが…
『ヒロさん、ごめんなさい…。今、呼び出しがあって…』
改札を潜った後、電車を待つホームで切り出された。
だから野分はそのまま反対側の電車で病院へ向かい、オレは取り残されたホームで一人ベンチに腰掛けて電車を見ていた。
こんな事がもう当たり前
だから約束を破談にされただけで今更目くじらを立てたりはしない。
代わりにいつからか約束をする度に意識の片隅で『ダメになるだろうな』と思うようになっていた。
急に聞かされるよりもある程度心構えをしていた方が、その時のショックが少ない。
相手の言葉を全く信用していない訳じゃないけど、平然と受け止めるにはそれなりの覚悟がいる。
それが相手にとっても自分にとっても一番良い方法なのだと、いつしか自然と覚っていた。
「先週も休みだったのに呼び出しがあったでしょ?だから今週は絶対に休みにしてくれるって先輩が言ってくれたんです!」
嬉々として訴えてくる野分に、オレはあいつの言葉というだけで信用には値しないような気もするのだが
(まぁ…一応野分の先輩だし。)
そうやって無理やり今回ばかりは信用する事にした。
久しぶりの休みなんだから無理せずに家に居てもいいと言ったのに、人の思いとは裏腹に全然いう事を聞きやしない。
半ば野分に押し切られる形で、前々から話していた旅行に行こうという事になったのだ。
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