君に捧ぐ純情(短編)

□命名
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「これ…お前の?」


そう言って目の前に差し出された物を見て、脳内が一気に幼少時代へタイムスリップした。

無記名な埃をかぶった表紙に
昔の自分を思い返す







珍しく一緒に居合わせた日曜日、いい加減物置同然にしか使ってなかった部屋を掃除しようと重い腰を上げた。

そんな俺の行動を見て何故だか興味をそそられた風なヒロさんが手伝いをかって出た。

何が目的なのかと怪訝な表情を浮かべる俺に、彼は至極楽しそうな雰囲気を隠そうともせずに答えた。


「だって、これで意外と謎なお前の実態が判るかと思って。」


そういえば引っ越して来る時いつも俺はヒロさんを手伝うばかりで、こちら側の荷物の内情を彼は知らない。

どちらかといえば少なめな自分の荷物は数時間で片付いてしまうし、引越しとはいえ彼の膨大な書物の比ではない。

しかしどうしてだかヒロさんは明らかに一般的な“引越し”レベルの荷物量ではない自分の荷物の中身が気になるらしい。


(特に面白いものなんか入ってないんだけどな…。)


そうは思いながらも苦手な片付けだというのに、こうもご機嫌な彼を見てしまうと今更結構ですとは言いにくい。

なので微妙な心情をひた隠しにして笑顔で「お願いします」と答えた。


でもヒロさん
謎な実態ってどういう意味ですか?




****




たまに帰って来たと思えば寝に戻るだけの自室は閑散としているが、使ってないだけあって埃が多い。

特に大きく動かす物はないのだが、ついでに天窓にしまっていた荷物を整理してしまおうと手を伸ばした。

適当に放り込んだ感満載の鞄を引っ掴んで床に下ろすと、ヒロさんはそれに興味を示したようで中の整理に自ら名乗りを上げた。

随分昔の荷物なので何を入れていたか若干不安ではあったが、特に変な物はないだろうと思って任せた。

古ぼけて黒が薄れた鞄は孤児院を出た時から愛用している物で、何となく捨てられなくて持ち続けている。

初給料で買ったのか院を出る時に買ってもらったのか忘れたが、随分と長い人生の道連れの一人だ。

鞄を漁るヒロさんを横目に見つつ少し黒くなっていた机を拭いていると、背後からの音が暫く止まった。

意識の隅で鞄に入れたであろう中身を記憶から掘り起こしたが、何も引っかかってこなかった。


(ヒロさんの手を止めるような物入れてたかな…?)


普通であれば子供の頃のアルバム等が妥当だろうが、生憎と自分にはそんな物は存在しない訳だし。

孤児院の頃の写真は院のアルバムには残っているんだろうけど、それを持ってきた覚えはない。

少々後ろ髪を引かれる思いで掃除を続けていると、ついにヒロさんから声をかけられた。


「なぁ…何で名前書いてないんだ?」


恐る恐る振り返ると、ヒロさんの手には一冊の無記名のノート。

名前が書かれていないノートだが、彼は書かれている字を見て俺のだと判断したのだろう。

不思議がるヒロさんに反して俺はそれを見て一気に心に幼かった葛藤が蘇る。


「俺、自分の持ち物に名前を書かない子だったんです。」


そう告げるとヒロさんは眉根を寄せて首を傾げ、何で?と再び疑問を口にした。

今思えば子供っぽい意地に少しだけ笑みが零れて、そう思えるだけ大人になったのだなと感じた。



「自分の名前が大嫌いだったんです。」




彼に会わなければきっと
こんなに穏やかに語ることは出来なかった

今日の自分へ導いてくれたのは
あの日の小さな出会い


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