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□Opal 『青く繁りし樹の許で』
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昼間だというのに暗い雲に覆われた空
それに比べて青々とした木を見上げて、ちぃはため息を着いた

天井の高いこの室内でも、頂上がが着いてしまう心配をしなければならない高さの籾の木は、広いリビングでも圧倒的な存在感を持って佇んでいた


「あとは、これを飾れば良いんだよね…わあっ!可愛いっ!!」


『ちぃが喜びそうだったから、先に送るよ。帰ったら一緒に飾ろう』


海外出張の夫から送られてきた、厳重に梱包された包みとメール
その意味深な様子に待ちきれず、そそくさとちぃは荷紐を解いたのだった
そこには異国の地のクリスマスバザールで、夫が買い求めたであろう赤いガラス玉や、天使、鐘、星をを型どった銀色のオーナメントがふんだんに入っていた


「素敵、綺麗…」


暫しうっとりと、オーナメントを見つめていたちぃだったが、
突然顔を上げ軽く頭を振ると


「良し!頑張って驚かせなきゃ」


握りこぶしを作って立ち上がるのだった

アングロサクソンに負けない体躯と容貌を持つ夫が、どんな顔をして買ったのか
女性の心に疎く照れ屋だが優しい、夫のその様子を思い浮かべるだけで、ちぃの頬に柔らかな笑顔が浮かぶ
そんな夫を驚かせようと、ちぃは彼が送ってくれたオーナメントをいち早く、クリスマスツリーに飾ろうとしたのだった


「えっと、あとは…」


箱の中のオーナメントが残りひとつになった時は、
既にとっぷりと日が暮れて、ちぃ自身もかなりの疲れを感じていた
だが
残るはてっぺんに飾る銀色の星飾りのみ
ちぃは重い躰を引きずるように動かしながら、三段の脚立を引っ張り出してきた


「…ちょっと、怖いかも…」


脚立をツリーの横に立たせて、ちぃは星を持ってゆっくりと揺れる段を上がる
床上80センチの世界は足場が狭く、高い世界に恐怖心が浮かぶ
その恐怖は躰を硬直させて


「あ、きゃ…!」


簡単に
足を
滑らせる

ちぃが滑った足にバランスを崩して
後ろ向きに床に落下する
きゅっと堅く目を瞑った
彼女の小さな叫びの後には
静かだった室内に騒音が響く筈だったが…

ちぃは
打撲の衝撃ではなく
柔らかな
包み込むような衝撃に
護られたのだった


「あ?」

「…たく、君はっ!」


守りたかった星を高々と差し上げたままの姿勢で、ちぃが目を開くと、そこには
ちぃを後ろから抱き止め前髪を乱した桂木の、不安気に眉を寄せた顔が有った


「…ごめんなさい」

「怪我は?打ったところは?痛みは?」

妻の異変を嗅ぎ付け桂木は、急いで走り込んだのだろう
外の冷気を孕んだコートのまま、彼女を脚立から抱き抱えると、桂木はソファの長椅子にそっとちぃを下ろした


直ぐさまてきぱきと、ちぃの手足を取って安全を確認する様に、不謹慎だと思いながらも、ちぃは噴き出さずにはいられなかった


「ちぃ?」

「大地さんは心配性だなって…」


くすくすと笑い続けるちぃに、桂木の眉は曇る


「俺の嫁さんが大胆過ぎるのだけれどね」


桂木の溜め息にちぃは肩を竦めた


「ごめんなさい」

「良いさ、ちぃが無事なら」


ちぃが素直に顔を伏せて謝ると、桂木の優しい声が笑顔と共に降りてきた


「…お帰りなさい、大地さん」

「ただいま、ちぃ」


優しい笑顔と挨拶の声が交わされると暫し
二人の時間が止まったかのように桂木とちぃは唇を合わせるのだった


「…で?俺のメールを読まなかったの?」

「読みました。だからこそ先に飾り付けて、大地さんを驚かせたかったの」


優しく、だが、きっちりと詰め寄る桂木に、ちぃは素直に自白する
桂木は愁眉を開くと小さく笑った


「君に怪我をされて驚かされちゃ敵わないな」

「う…ごめんなさい」


優しく咎める桂木の言葉に、ちぃは悄気かえる
そんな妻の姿に桂木は小さく溜め息を付くと、未だ彼女の手の中にあった星を、その小さな手ごと持ち上げた


「俺が心配しなくて済むように、二人で飾らないか?」

「はい!」


愛妻の目線に合わせて微笑む桂木
忽ちちぃの顔も、笑顔で満たされた

桂木の、優しい抱擁にも似た支えに頼りながら、
ちぃはツリーの頂上に、繊細な彫り細工の入った銀色の星を取り付ける


「出来たっ!」

「ご苦労さま」


妻の弾んだ声に笑顔を溢すと桂木は、彼女を抱き下ろす


「大地さん、ライトを着けますね」

「俺がやるから、君は此処に居なさい」


ツリーのデコレーションライトを着けようとするちぃを制して、桂木が素早く動く
リビングの照明を落として、コンセントを差し込むと

一瞬

ツリーは輝くばかりの光を放ち
直ぐに点滅を始めた
赤色のガラスや銀色のオーナメントが、光に合わせてきらきらと輝く

微笑む銀色の天使の顔が、瞬きの陰影によって動いてみえる
まるで天使が自分に笑い掛けているようだと、ちぃは思った


「…天使が笑ってるみたいだな」


後ろから掛けられた低くて優しい声にちぃは振り返る
ツリーの真横から動かない妻を、桂木は背中からそっと抱き締めていた


「私も同じことを思ってました」

「そう?…」


桂木の温かな胸に、ちぃはそっと頭を預ける

神や精霊の象徴である青々とした木の中から
生命を象徴する林檎を模した紅いガラス玉を
にこやかな笑顔の天使が運んでいる様に
錯覚してしまう光景の中で

ちぃはそっと自らの腹を撫でた


「来年は、子供が喜ぶ賑やかな飾りにしような」


ツリーを見ながら桂木の掌は、ちぃの腹部ごと彼女の手を包み込む
そしてちぃの髪の毛を鼻で掻き分け、を彼女の白い首筋を探り当てると、そっとキスをした
その擽ったさにちぃは、小さく身じろいだ


「ふふっ。気の早いパパですね」

「…そうかな」

「そうですよ」


優しい声で囁き合いながら、桂木とちぃはふと視線を絡ませる
自然に近付き合う唇に、互いの言葉は呑み込まれて…


二人の重なった掌の下で
小さな命がゆったりと
微睡みながら微笑んだのだった
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