treasureU

□Opal 『熱い指先』
1ページ/1ページ

 



ちぃは、俺が手渡したドレスを両手に抱えると、微笑んだ


「これにします!」


ちぃの勢いの良い声に、こちらを窺っていた男の店員が飛んで来る
さっきまで相談に乗っていてくれていた奴ではあるが…


「…御試着は、いかがなさいますか?」


ちぃからドレスを受け取り、彼女を頭から足先まで、舐めるように見る目付きが気に入らない


「はい、念のため…。入らなかったら困るので」


そんな奴の目付きに気が付かないのか、ちぃは小さく頷いて俺を伺う


「…俺はちぃのサイズを間違えたりしないよ」

「かつっ…!」


店員の目を盗んで彼女の肘を掴んで引き寄せると、俺は、ちぃの耳に小声で囁いた
俺の息で、彼女の耳許の髪の毛がふわりと舞い上がる
忽ち真っ赤になり、睨むように見上げてくるちぃ


「こちらへどうぞ」

「は、はぃ…」


だが彼女は、店員に気付かれまいと、紅くなった顔を隠すように、伏せて彼に着いていくしかなかった


「着替え終わったら呼んでくださいね」


試着室は、仮縫い室も兼ねているようだ
店の奥まった所にあるドアの中には、4畳ほどの部屋があった
中央に巨大な姿見と仕切りの赤いカーテンが架かっている、二畳ほどのスペースが試着用で、
その回りには小物や裁縫道具等が置いてある
店員は広い試着室の用意を整えると、俺に軽く会釈をして出ていった


「桂木さん、一番に見て欲しいんで…ここで待っててください」


俺も彼の後を追おうとすると、まだ赤い顔のちぃが小さな声で俺を呼び止める


「わかった」


俺は深く頷くと、ほっとした顔のちぃに微笑みかけて、カーテンを閉めてやったのだった




「お待たせしました」

「!!」

「どうですか…?」

「…」

「かつ、らぎ…さん?」


カーテンを開けたちぃが、俺の見立てたドレスを着て現れた
途中、彼女のワンピースのファスナーが生地を噛んでしまい、着替え途中のちぃを見てしまうというアクシデントは有ったが、

光沢のある緋色のドレスを纏ったちぃは、とても美しかった

俺は、あまりの美しさに言葉を失い、ただただ、彼女を呆けたように見つめるだけだったが、


「そんなに見つめられると…」


恥ずかし気に呟いて身を捩るちぃに現実に戻され、俺は慌てて謝った


「すまない」


そうして、もう一度彼女を眺め返すと、不安気に見つめて来るちぃに笑いかけた


「しかし…うん、とても良く似合っている…」


本当に、
誂えたかのようなサイズと顔映りの良さに、俺の頬が緩んでしまうのは仕方ないだろう


「綺麗だ」


我ながら、彼女を喜ばせられるような言葉しか言えない自分に呆れながらも、俺の気持ちをちぃに率直に伝える
途端にちぃの頬が薔薇色に染まり…
彼女は、照れを隠すように振り返った


「背中がすーすーするんで…きゃっ!」


ちぃが躰を捻り、ドレス姿の後ろを見せた途端
俺は、考える間もなく更衣室に踏み込み、左手でちぃの腰を、後ろから抱き寄せた
そのまま右手を後ろ手に厚いカーテンを閉めると、2畳ほどの密室に俺とちぃの二人きりとなる
驚きに目を見張るちぃの美しいドレス姿と、暗い顔をした俺の姿が、巨大な姿見に映っていた
彼女の鮮やかなドレスの腰と鳩尾に、俺のダークスーツの腕が、邪悪な蛇のように絡まっていた




「お着替え、終わりましたか?」


俺が察した気配が教えた通り、先程の男性店員が様子見に来たようだ


「あ、あの…」


ちぃが困った様に鏡越しに俺を伺う



俺の腕を振り払う気はないらしい


「…あの、もうちょっと…」

「判りました。ゆっくりで良いですから。でも、終わったら教えてくださいね」


弱々しい言葉で弁明するちぃに、店員は気分を害した風もなく、一言だけ残して去って行った
俺の腕の中で耳をそば立てていたちぃは、遠ざかる足音に深い溜め息を着いた


「…どうしちゃったんですか?桂木さん?」


少し身動ぎするちぃ
きつく抱き締め過ぎたかと腕を弛めると、彼女は俺の懐の中で躰を回転させ、至近距離で見上げてきた

このドレスは、本当にちぃに良く似合う
彼女の魅力を最大に引き出せるドレスだ
だが…
オフショルダーのイブニングは、上から見下ろすとビスチェから、ちぃの形の良い胸の谷間がはっきりと見える
紅潮する頬に慌てて目を剃らせば、鏡に映るちぃの後ろ姿


「この…」


俺の声は、少し掠れていた


「ドレスはダメだ」


緊張で喉が乾燥する
だが、咳払いなどしている暇は何処にもない気がした


「…え?…」

「あ、いや!似合っている、とても良く似合っていて…綺麗だよ」


俺の否定に、ちぃは眉を潜めて俯きかける
多分、『似合わない』と負の評価を想像したのだろう
それは違うのだと、俺ははっきりと否定した
俺の言葉で、ちぃの表情が瞬く間に美しい笑顔に変わる


ああ…!

俺の言葉一つで、こうも表情を変えてみせる君から、俺は目が離せないじゃないか?


「じゃ…なんで?」

「背中が開きすぎている」


訝しげに俺を見上げるちぃに、俺は今度こそ、はっきりと原因を口にした


「背中、ですか?」

「そう…」


ちぃは俺のダメ出しの原因を繰り返すと、後ろ姿を確認しようと躰を捻る
俺は、彼女の動きを両腕で固く抱き締めることで封じると…


「ほら…。こんなに開いている」

「あっ…」


後身ごろを深くカットされたデザインによって露になっている、首の付け根から腰までのちぃ白い肌を、俺は背骨に沿って指を滑らせた
絹のように滑らかで、白く美しいちぃの肌はひんやりと冷たく、俺の指の熱を冷ましてゆく
ちぃは小さく身動ぎ、溜め息のように短く喘ぐと、俺を見上げてきた


「んっ…寒いと思ってはいましたけど…」


剥き出しのちぃの背中の感触を味わうようにゆっくりと、指を滑らせている
ちぃの眉が悩ましげにひそめられ、瞳が潤んで来た


「ちぃの綺麗な背中を、」


一瞬
あの店員の、ちぃを値踏みするように眺めた目付きを、俺は思い出す
街を一緒に歩いていても、ちぃに釘付けになり、見とれる男は少なくない

しかし、ちぃは…

俺はちぃをしっかりと抱き締め直すと、その耳に囁いた


「他の男には見せたくない」

「桂木、さん…」


俺の本音に、ちぃは少し湿った声で答える



「じゃあ…」


ちぃの腕が上がり、俺の背中にそっと回された


「また、似合うドレスを選んでくれますか?」


俺はちぃの耳から頬に唇を移し、軈て彼女の唇に答えを落とす


「勿論」


俺はそのままちぃの、艶やかな唇を奪い、堪能しはじめる

俺を抱き締めるちぃの腕の力が強くなり
細い指が俺のスーツの背を、きつく強く、

握りしめるのだった…

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ