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□Opal 『Parade』
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茹だるような暑さの中、ちぃは滴り落ちる汗を拭き取りながらも沿道に立つ

彼女が猛暑の中、立ち続ける理由はただ一つ
警視庁のパレードがもうすぐ通るからだった

夏休みイベントと称し、霞ヶ関界隈の官公庁が、イメージアップを図って開催した市民との触れ合い祭

警視庁は、警察音楽隊と警官のパレードをメインに持ってきた
しかも、パレードに参加する警官は、イケメンが選ばれたとの専らの噂で…
桂木や昴が正装で参加するとの事だった


「ちぃ。何でお前がこんなところに居るんだ」

「あ…後藤さん」


沿道の群衆を見回していた一人の男が、突然ちぃに声を掛ける
どう考えても、彼もまたパレードに参加すべき美貌の持ち主であったが…
生憎彼の職務は、パレードの妨害の未然防止であった


「ロイヤルボックスに行けば良いだろ」

「でも、あそこじゃ…」


汗を拭きながらのちぃに後藤は、露骨に眉を潜める
だが、ちぃは譲らなかった


「ま、あそこじゃ桂木警部を間近に見れないよな」

「後藤さんっ!」


耳に囁く後藤に、ちぃは思わず大声を出す
だが後藤は既に数歩退いた後だった


「そろそろ来るぞ。熱中症には気を付けろよ」


数十メートル先がが俄に騒がしくなる
後藤は小さく一言だけ呟くと、雑踏の中に消えていった


警察音楽隊が、一糸乱れぬ隊列で、軽やかに行進曲を演奏する


「あ、海司!」


その数メートル後を、国旗と庁旗を携えた旗手が微塵のぶれもなく歩く

旗手は、警視庁の柔道の猛者
当然、海司が選ばれて然るべきだった
彼は庁旗を携え、一瞬だけちぃをみると、にこりと笑って見せた


そうして…


「きゃあ〜っ!」


黄色い歓声が響き渡る
見れば、
漆黒の帽子と制服を
金糸の刺繍と金モール、金ボタンで飾った警官達が、足音を響かせてやって来るところであった

最近、何故か『警女』と呼ばれる、警察関係をこよなく愛する女子が増えている…
とは報道されていたが、礼装に身を包んだ警官達の行進に、黄色い声が上がる


彼らは、何十メートルかに一度先頭の警察官の指示で敬礼を行う
鋭く空気が動くその度に、歓声が響き、写メの音が反響する


「か、桂木さん…」


先頭で号令を出す、一際目立つ存在にちぃの瞳は釘付けになった
きっちりと閉めた制服に白手袋だが、汗を掻いていないかのように涼やかに歩く恋人の姿

ちぃは、時が止まったかの様に、身動ぎせずに彼を見つめていた

ふと
視線を観衆に泳がせた桂木は、愛しい恋人であるちぃの視線を瞬時に捉え、些か頬を赤くする

だが、また敬礼を命ずる時が来る


「敬礼っ!」


桂木の声に、後方の空気が一瞬にして切り裂かれる
桂木も敬礼をしながら、ちぃを見つめた

一瞬、桂木が敬礼をしながらこちらを見て、微笑んだのは、気のせいか?
ちぃは、体の体温が一気に上がったのを自覚した





「ずる…い。カッコ良すぎ…」


ちぃ自身の声が、頭の中で鳴り響く
地面が、桂木の姿が揺れて…


「なおれ!!」


桂木の号令の声が遠くなり、ちぃの意識は闇に呑まれていった



温かな…

包み込まれる様な

強く優しい腕の中で…








「ん…」

「ちぃ、気がついたか」


目を開けると、真っ白な天井と壁だった
直ぐに、ちぃを見下ろす桂木の顔が視界一杯に広がる


「どこ…私…」

「警視庁の医務室だ。君は熱中症で倒れたんだよ」


付き添い用のパイプ椅子には制帽が鎮座して、桂木は、ちぃが寝かされていたベッドに直接腰掛けていた


「私…そっかあの時、急に目の前が真っ暗になって…」

「全く…」


桂木が溜め息と共に、起き上がったちぃを掻き抱く
ちぃの柔らかな頬に、桂木が身に纏ったままの制服の、金の固いモールが押し付けられた


「君が崩れ落ちた時は、心臓が凍りそうだった」

「ごめんなさい…」

「痛いところはないか?息苦しさとかは?」


桂木は優しくちぃ抱き締めたまま、次から次へと問いかける


「ん…平気…。だって、桂木さんが助けてくれたんでしょ?」


ちぃが柔らかく微笑んで、桂木を見つめる
桂木は深く頷いた


「勿論。君を護り助ける役だけは、誰にも譲るつもりは無いからな」

「私も…」


ちぃは桂木の胸で目を閉じる


「桂木さんの腕の中は、誰にも譲りたくありません」

「…良い子だ」


一瞬、桂木は艶を含んだ低い声でちぃに囁く

直ぐに
ちぃの唇に
温かな感触が降りてきた

ちぃは目を瞑り
桂木の腕の中でいつまでも
甘いキスに躰を委ねるのだった。




end
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