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□Opal 『オオカミは眠らない』
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「おい!ちぃ、これは一体何だ?」


手にした着替えに、桂木は思わず大きな声を上げる


「今夜はハロウィンですから」


キッチンから、ちぃの声が返ってはくるが、姿は見せてくれない
桂木は着替えを広げて溜め息を付いた


「ハロウィンも、仮装で夕飯も判ってるんだが…。ちぃ、まさかコレを俺に着ろと言うのか?」

「はい!桂木さんには絶対に似合うはずですから。お願いしますっ」


恐る恐る確かめる桂木に、ちぃの返事は明るく張りのある声だった
愛らしい恋人の、こんな声を発する時の可愛い笑顔を思い浮かべて…

桂木は肩を落とす


「…判った…」

「はぁい!桂木さんの仮装、楽しみにしてますからね〜」


桂木の呻きに反して、ちぃの声はこの上無く明るかった




今日は10月末日
古代ケルトの、収穫と悪霊払いの祭から派生した、諸聖人の祝日の前夜祭HALLOWEENの日であった

いつもなら、普段と変わらない夜を過ごす桂木だったが、今年は恋人のちぃと過ごすと決めていた


「二人で仮装して、楽しく過ごしましょうね」


ハロウィンの夜に一緒に居られると分かった日から、ちぃは浮かれていた
桂木と自分用の仮装を考え、こそこそと、それでも楽しそうに桂木に隠れて準備をしていた

桂木は、そんなちぃを横目で眺めながら、敢えて何も言わず、彼女のしたいがままに任せていた
当日、早めに帰宅した桂木は、ちぃへの抱擁とキスもそこそこに、浴室へと追い込まれたのだったが…

桂木は怨めしげに衣裳をもう一度一瞥すると、ちぃが用意した衣裳に袖を通しはじめるのだった





「…」

「わ!良く似合ってます!」




テーブルセッティングをしていたちぃが、桂木の足音に振り返り、目を輝かせる

今、桂木の全身は、焦げ茶色の短い毛に被われていた
手も足もチャックのある腹も背中も、体毛に被われ、尻の辺りにはふさふさとした同色の尾が垂れている

そして頭には…


「…これもちゃんと着けてくださいね」


ちぃの手で同色の、尖った立ち耳のついたカチューシャを着けさせられて、
桂木の眉間は更に寄る


「…これは何だ?」

「オオカミさんです」








それでも声に不機嫌さを現さないのは、桂木のちぃに対する愛情故か
桂木はにこやかに笑うちぃに、照れ隠しに視線を剃らせるしかなかった

だが…


「ちぃ、君の格好は?」


ほっそりとした剥き出しの腕をキラキラと輝くストールに包んだちぃは、桂木の質問に両手を広げて見せる


「森の精霊です。オオカミにされてしまった王子さまを、人間に戻して差し上げるんです」


ちぃの姿に、桂木は瞬きをした
華奢な肩のストラップは細い紐で、同色の布地はちぃの豊かな胸下でゴムが入り、躰にフィットするその後は、爪先まで流れるようなドレープを描いて落ちるスリップドレス

ドレスの色は、ピンクがかったベージュで、ちぃの肌の色に良く似ており、遠目では裸体に見えなくもない
頭には小さなティアラが挿してあり、後ろ髪は緩く編み上げ、毛先を見えない様に処理してある

ちぃの細い首に後れ毛が落ち、その美しさに桂木は息を飲んだ


「森の精霊が君で、魔法に掛かったオオカミが俺か。随分ストーリー性のある仮装だな」


桂木は、仮装の意味に意図を感じて微笑んで見せた
やはり笑顔で、ちぃは屈託なく桂木に告げる


「はい。実は小杉先輩の発案なんです。次回は、森の精霊と獣に変えられてしまった王子様の純愛ストーリーらしくて」

「ふぅん…」


テーブルに食器を並べながら、ちぃは桂木に説明を続ける
恋人の瞳に、妖しい光が浮かんだ事に気づかずに…

そして…


「出来ました!桂木さん」


ちぃはくるりと回転して振り向くと、桂木を見上げた


「Trick or Treat!」


ちぃは美しい笑顔で桂木に問いかける
桂木はちぃに、ケーキの箱を差し出した


「Happy Halloween,and…」


桂木はケーキの箱をテーブルに置くと、ちぃの耳に囁いた


「Trick or Treat!」

「Happy Halloween…」


桂木に、腕を奮ったご馳走を見せたちぃ
だが、直ぐにその腕は桂木に捕まり、毛むくじゃらの胸に抱きすくめられる


「桂木さんっ!」


慌てたちぃの上擦る声に、桂木は微笑んだ


「オオカミの好物は肉だろう?ここに美味しくて瑞々しい、俺の大好きな肉があるからな」


桂木の腕がちぃの躰に絡まり、顎が掬い上げられる


「な、ちが…」

「わないだろ?俺の一番のご馳走さん?」


桂木の策略に漸く気付いたちぃ
抵抗はしてみせるが、桂木の戒めは融けることがなく…


「んんっ…ぁあ…」


桂木の甘い、蕩ける様なキスに
ちぃの全身の力は抜け落ちて…

桂木の逞しい腕に抱き上げられるのだった


「ちぃ…オオカミは夜行性だ。一晩中、起きているんだよ…」


桂木の囁きが耳に直接伝わって

ちぃは一晩中、
桂木に翻弄され続けるのだった…









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