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□Jade 『桂木警部の困惑』
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 本来なら公休であるはずのその日、桂木はいつもよりだいぶ早く、いつもより人口密度の高いオフィスへと出勤した。というのも、警護課の課長と各係長で行われるフィードバック会議の日だからである。もちろん全ての班が一堂に会するわけではないのだが、各係で班の意見をまとめておく必要はある。仕事に穴は開けられないので、奇数班と偶数班で集って係内会議をするという手法が普通だが、それもなかなか上手く行かないことが多い。今日は、そのリミットだ。
 一係はひとりの人間を警護するので、班数は少なめである。なので、班の意思統一は比較的楽ではある。あるのだが。
「おっす桂木。元気してるか?」
「おお桂木、久しぶりだな」
 藤枝、庚の両班長から声を掛けられ、桂木も挨拶を返す。どちらも桂木より年上の、ベテラン警官だ。
 ちなみに一班が藤枝、二班が庚、三班が桂木、四班が水之江、五班が再編待ちである。今日は、奇数班ローテだ。
「ん? 庚さんは、今日は府中では?」
「書類が溜まっててなぁ。これをやっつけてから、府中に行かなきゃなない」
「お疲れ様です」
 警護の無い班は、公休でなければ訓練か事務仕事をこなす必要がある。射撃訓練場は警察学校に設置されているため、警視庁の刑事なら府中の警察学校まで行かねばならないのだ。
「そういえば、広末は元気か?」
「相変わらず元気ですが、あいつがどうかしましたか?」
 懸念含みの桂木に、藤枝は軽く手を振る。
「ちゃうちゃう。この間、女手が足りないときに借りただろ? だからな」
「……貸しはしましたけど、女手というのは初耳ですよ」
「そうだったか?」
 どうりで藤枝班から戻ったそらが、暗かったわけである。だが藤枝は気に留めた様子もなく、退屈そうに椅子に反り返り、伸びをした。
「それより、初係長がんばれよ」
「もちろんです」
「桂木くんが係長か……歳を取るはずだ」
 庚の言葉に『上には上がいる』という言葉を思い出し、うっかり安堵してしまったことに罪悪感を覚える。
「しかし真面目な話、一係ってけっこう危ないよな。老朽化が進んでるというか」
「確かに、身体が資本だから上限も低い。そういう意味では、原田くんはもったいないことをした」
「人材的に?」
「いや、時間です。次代を担えない人材を育ててしまったのは、痛いタイムロスだ」
 ただ、と庚はこちらを見た。
「桂木班は、全体的に若い。――それぞれが、それぞれの立場で警護課の次代を担うのかもしれない」
 桂木は背筋を伸ばし、一礼した。
 尊敬すべき彼らにそう評価されたことは、誇ってよいことだった。




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