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□忘れないで
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「亮、髪結んで」

肩まである長い髪。
特に意味はない、ただお互いにおそろいがいいから伸ばしてるだけ。

「仕方ないな」

そう言いながらも亮は少し嬉しそうにこっちにやって来る。

いつもと変わらないこの光景の始まりは僕が亮に少しでも近くにいたくてお願いしたからだ。

亮はたまに兄貴らしい振る舞いをしたがるから、僕からのお願いが嬉しかったみたいで上機嫌で結んでくれた。

今ではお互いの髪を結び合うのが日課になっている。


「はい、終わり」
肩を軽く叩かれる。

「ありがと。じゃあ亮のは僕が結んであげるね」

今度は僕が後ろに回って、さらさらな髪を撫でた。

櫛で長い前髪を後ろに流す。

些細な事だけど、こうして亮の生活の一部に少しでも僕が入り込めている。
そう考えると嬉しくなった。


「俺、淳に髪してもらうの好きだな」

目蓋を伏せ、少し微笑みながら小さく亮が呟いた。

亮は無意識に僕が喜ぶような事を言うんだ。


「僕も亮の髪結ぶの好きだよ」

これは僕だけの特権。


「多分、自分で結ぼうしたらすごく下手くそだと思う」
淳が毎日結んでくれてるから。

鏡越しに目があった。
亮はすこし意地悪な笑みを浮かべている。


そっか、亮には全て伝わっていたのか。

いつか、僕たちが離れ離れになっても亮が僕を思い出すように。

亮が僕を求めるように。

そんな思いを込めていたこと全部。


「ばれてたんだ」

「俺を誰だと思ってるんだ」

誇らしげな様子が可愛くて。

「髪結ぶ度、淳の事を思い出すから。
 だからたまにはこっち帰ってきて俺の髪結べよ」

「うん」


漠然と思っていたいつかが迫っている。

だから今は僕の不安を拭ってくれた亮を抱き締めていよう。




end


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