■結婚

あたしが個別の教室で告白したことは塾長にもばれた。
そして達也先生は『厳重注意』を受けた。
あたしと達也先生は前みたいに話すことはなくなった。
同じ教室にいても絶対にあたしに話しかけない。
あたしから話しかけることもない。
『今まで通り過ごす』
なんて言ったけどやっぱりそんなわけにはいかなかった。
塾に行く毎日が辛くて
行けば寂しくて
だけど
会いたくて

11月も終わる頃、1人で自習室にいる達也先生に声をかけた。

「先生、理科教えて?」
「いいよ。どれ?」

先生はすっごく普通に対応してくれた。
見慣れた手
見慣れた万年筆
見慣れた腕時計
先生の左手にクロスにリングが輝いていた。

「・ ・ ・ ?」

胸が詰まるような変な感じがした。
一瞬にしていろんなことを考えた。
だけど達也先生の昔の一言を信じることにした。

「仕事ばっかで彼女作る暇なんてないんだ〜。」

達也先生の笑顔は出会った夏から何一つ変わってはいなかった。
あたしの大好きな笑い方。
あたしが帰る時もずっと見送ってくれた。
バスの時間までまだ少し時間があった。

「先生、一つ聞いていい?」
「何?」
「手ェ、出しで?」
「え!?手!?」

先生がひろげた手の薬指。
キラキラダイヤの光るリング。

「先生、もしかしておめでとう?」

冗談のつもりだった。
そんなコトあるわけないって思ってた。
先生おしゃれだから・・・
笑って終わるはずだった。
達也先生を信じてた。

「そう、おめでとう^^」

笑顔であたしにそう言った。
ねェ、
なんでそんな目であたしを見るの?

「なんだぁ!!言ってくれれば良かったのにw」
「そんな、報告するほどじゃないやろっ?」
「そうやけど・・・一言言ってくれればいいやんかっ?」
「ごめん、ごめん。」
「先生、おめでとう。」
「はい、ありがとっ!!」

先生の『ありがとう』を最後まで聞けなかった。
目を合わせることさえできなくてあたしはバス停に走った。

何よりも1番辛かったのは先生が結婚したことじゃない。
先生の結婚を素直に喜べなかったこと。
大切な人の幸せを恨むなんてあたしは最低。
『先生は幸せになったんだ。
 心からお祝いしてあげたい。』
そんな偽善的なことを自分に言い聞かせてた。
『もう先生を嫌いになって楽になりたい』

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