□愛情輪廻
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「雷蔵、殺していい?」


果てた後、繋がったまま目の前の愛しき人の細い首に手をかける。


息を荒くする雷蔵は、呼吸を整えながら私を見上げて笑った。



静かな部屋に息づかいと、潜めた声が広がる。

障子越しの月明かりだけが頼りで、下にいる雷蔵が朧気に照らし出される。


その表情がひどく艶やかで、鎮まったはずの欲が再び暴れ出しそうだった。


「いいよ、って言ったらどうするの?」

「このまま首を絞めて君を眠りに落とそう」


僅かに指に力を入れても、雷蔵の笑みは消えない。
なぜだ。自分が殺されるかもしれないこの状況でなぜ、笑っていられる。


「三郎は、僕が嫌いになった?」

「何故?」

「殺す、だなんて言うからさ」


嫌い?そんなことあるわけがない。


好きだから同じ顔になって


好きだから欲情して


好きだから私だけのものになってほしくて



だから

殺したいほど愛おしい



普通は違うのだろうか。


私は間違ってる―?





「冗談だよ。三郎が僕を好きだという事くらい痛いほど伝わってくる」


雷蔵が笑う度に喉にあてがった指が揺れる。


首を絞められてるのに笑っているだなんて、何て滑稽なんだろうか。



首を絞めて滑稽な姿にしているのは、私なんだけれど。




「じゃあ…」

「だから、三郎は僕を殺せない」

「何だよそれ」

「三郎は僕を愛してるだろ?」

「当たり前だ。誰よりも、愛してる」

「そんな相手を三郎が殺せる訳ないよ」



私は見くびられているのだろうか。

こうして首に手までかけているというのに、この先へ進めないと。


「三郎は、僕に依存している。だから僕を殺したら、生きていけないよ。きっと」

「……っ!!勝手に決めるな!」


自分の中を見透かされたような気になって、頭に血が上ったと同時に両手に力を込めた。


途端に雷蔵の眉間にしわが寄る。



「ぐっ…」

「誰が…誰に依存してるっていうんだ!」


深夜だということも忘れ、普段出さないような声を上げる。

ギリギリと指が細い首を締め上げていく。


「さ、ぶろ……じゃあ…どう、して……殺そう…と思った…?」

「どうして?そんなの…」



そんなの、好きだから。


愛してるから、私だけのものにしたくて

殺してしまえばどこへも行けない。ずっとずっと私だけのものになる。



だって雷蔵が隣にいない生活なんて考えられない。

このまま、ずっとずっと、二人でいたい。




…これが、依存…?



「っ…」

「かはっ…ゲホッ……」


首にかけていた手を離すと、雷蔵は大きく噎せた。


苦しそうに息をする雷蔵。



あぁ、好きな人を苦しめていたのか、私は。


先ほどまでの真っ黒だった心の中、奥深くがぎゅっと締め付けられたように苦しくて、許しを請いたくて汗の滲む額に手を伸ばした。




「僕はね、三郎」

「……」


突如名前を呼ばれて、思わず手を引っ込める。


雷蔵は目を閉じたまま言葉を続けた。




「三郎になら、殺されても構わないと思ってるよ」

「雷蔵」

「いつか知らない奴に襲われて殺されるより、三郎の手で殺された方が、何倍も幸せだ」


閉じられていた目を開けて、ぼんやりと私を見上げる。

いつか、とは、卒業した後に忍として生きていく未来のことを指しているんだろう。いつ命を狙われるかわからない毎日が、すぐそこまで迫っていた。



「だけど、三郎がそのせいで犯罪者になるのは嫌だ。それと…」


ぼやけていた焦点を私に合わせて、手を伸ばしてきた。


「三郎が悲しむのは、もっと嫌だ」

そう言われて気づく、頬に伝う滴の存在。


目から溢れた水滴を雷蔵の指がすくい取る。



「どうして泣いているの?」

「わから…ない」

「僕が死んだのを想像して悲しんで泣いているなら、僕は殺されるわけにいかないな」



雷蔵は、のばした手をそのまま僕の首の後ろに回して、軽く引き寄せる。


抵抗もできない僕は、雷蔵の肩口に顔を埋めた。


鼻を擽る汗の匂いと伝わる対応がとても心地いい。



「悪かった」

「何で謝るの?」

「苦しい思いをさせた」

「気にしないでよ。……あんなの、初めてシた時と比べたら比じゃないよ」

「―…!!」

「三郎の一種の愛情表現だと思えば、何でもない」



とんとん、と背中をさする手はどこまでも温かくて、あんな狂った私の姿を見ても笑って受け止める雷蔵の心も、果てしなく広い。



あぁ、私は二度とこの腕から離れられない。


この温もりを手放したら生きていけない。



これを依存しているというなら、それで構わない。


二人で生きていけばいいだけなのだから。



「なぁ、雷蔵」



愛情輪廻
(死ぬときは一緒だ)

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