夢
□はじめまして恋心
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「兵助、風呂行かないの?」
「あー、先行っててくれるか?あとちょっとで終わるから」
「わかった、じゃあ後で」
勘右衛門は承諾すると、手拭いを持って部屋を出ていった。
密室に響くのは筆が半紙を滑る微かな音だけ。
宿題があと一問で終わるというところで半端に投げ出したくなかったんだ。
「よし、終わった」
筆を置いて一息をついたと同時に感じる背後の気配。
勘右衛門が忘れ物でもしたのだろうか。
「勘右衛門、どうし…」
同室の友人を迎えてやるために障子を開けると、同じ高さにあるはずの勘右衛門の目は見当たらなくて、言葉を失う。
「先輩、こっちッスよ」
「え?」
ストンと視線を落とせば、水色の装束をまとった意外な人物。
「き、きり丸!?どどどどうした?え、何で?」
「驚きすぎっスよ」
予想外の訪問者に驚かない方がおかしい。学年が違うと滅多に部屋の行き来なんてできないのだから、嬉しさと動揺が入り混じって中々頭が整理できない。
「さっき尾浜先輩とすれ違って、先輩がまだ部屋にいるって聞いたんで来たんスけど」
「あ、あぁ…」
「迷惑でした…?」
胸を矢で打ち抜かれるとはこういうことを言うのだろうか。下から上目遣いで見てくるきり丸の視線に一気に顔が熱くなったのがわかる。
「め、迷惑なわけないだろう!むしろ…嬉しいよ。あ、入るか?」
「はいっ、そのつもりで来たんで」
ニカッと笑うと八重歯が覗く笑顔は、純粋そのもので、やっぱりまだ一年生だと実感させられる。
「宿題してたんすね」
「あぁ。風呂の前に終わらせたかったからな」
「邪魔しちゃいました?」
「いや、今終わったところだから気にしなくていい」
きり丸が畳の上に座るのを見て、俺も文机に向かって座った。
先程まで使っていた忍たまの友や半紙を片付ける。
「久々知先輩」
「んー?どうした?」
背中側から聞こえる声に返事をする。その間も片付ける手を止めないと、更に声が続いた。
「俺のこと、好きですか?」
「………え?」
あまりにも不意を突かれた質問に手が止まる。
どうしてそんなことを聞くのか問いたくて振り向こうとしたそのとき、背中に小さな温もりを感じた。
腰に回された手が強く俺の服を掴んでいる。
その状況をようやく頭が理解して、耳の先まで熱を帯びていく。
「き、き、きり丸!?何してるんだ?ちょ…どうした!?」
動かない体と行き場のない手が相反してもどかしい。
もぞもぞと身をよじる俺に関わらず、きり丸はしがみついて離れる様子を見せない。
今この部屋に二人きりだということを意識して余計に鼓動が加速していく。
「先輩は、本当に俺のこと好きですか?」
「あ、当たり前だろ…」
「じゃあ何故手を出さないんですか?」
「はぁ!?」
「二人きりになっても何もしてくれないし、こないだようやく手握ってくれたくらいで…」
そこまで言ってから一際強く服を掴んで背中に頭を擦り寄せて来るきり丸。
そんなことされたら理性が一気に崩れ去りそうだ。ぐらぐらと揺れる脆い理性をどうにか保つために、首を振ってきり丸の手を離させる。
ゆっくり振り返れば拗ねたように目を伏せた幼い恋人。
少しだけ赤く染めた頬を見て、揺れる理性をぐっと堪えた。
「きり丸」
「…何スか」
「こっち向いて」
小さな肩を掴んでこちらを向かせる。
「俺小心者だからさ、下手に手出したら嫌われるんじゃないかって考えちゃって…。それが逆にきり丸を不安にさせてたなんて知らなかったよ」
額にかかる細い髪に指を絡めると、サラリと揺れた。
「ごめんな」
「……いいっスよ、先輩がヘタレなのは知ってたし」
「悪かったな」
「先輩」
呼ばれたのと同時にくいっと袖を引かれてバランスを崩す。
そして直後、頬に触れる柔らかな感触。
一瞬で離れてしまったそれがきり丸のものだとわかって、落ち着いた熱が体中を巡った。
「ヘヘッ…隙ありっス」
「…きり丸ー!!!」
「ちょ…ぉわぁっ!!!」
照れながらはにかむ姿に、どう理性を保てというのだろうか。
今まで必死にせき止めてた物が溢れ出したら止められるはずもなく、目の前の恋人をその場に押し倒した。
俺の下で戸惑いながら顔を赤くするきり丸。抵抗しないのは有り難いが本当に止められる気がしない。
自分に何とか落ち着けと言い聞かせて、ゆっくり額に口づける。
至近距離で目が合うと、何だか照れ臭くて二人で笑った。
可愛い可愛い幼い恋人。
きっと俺は不器用だからまた不安にさせてしまうかもしれない。
だけど想う気持ちは誰にも負けないから、ゆっくり愛していくから。
だから君は、掴んだこの手を離さないでいて。
はじめまして恋心
(歳の差なんて関係ないさ)
→おまけ