毒リンゴの魔法
□第2章
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小さな家の小さな部屋にびっしりと本が敷き詰められていた。
埋もれるように3人の男がそれを漁る。と、一人の男がせんが切れたのか「うおーっ」と奇声を上げて後ろに倒れた。
「わっ!急に大きい声出さないでよ」
「なんだスニージー、叫ぶ前に一声かけてくれるやつなんてなかなかいないぜ〜?世の中そんなに甘くない」
「そういうことを言ってるんじゃなくて」
はぁ、とスニージーは溜め息を吐くと横で数分前から船を漕いでいるバッシュフルを見た。
「こういうのは先生の仕事だよな。俺らが調べたところで何にもなんねぇって」
ハッピーは分厚いものを手にとると、八つ当たりとばかりにバッシュフルに投げつける。
「ぐあっ……っ、痛いよ」
見事に頭にヒットし半泣きでバッシュフルは目を覚ます。
「乱暴は良くないよ。それにそんなことしたら…ほ、埃がっ、ハックション!」
「おっ、二次災害!おまえってほんと、めんどくさいやつだよなぁ」
「ひど…ハックション」
「やれやれ」
ちょっと罪悪感を感じたので窓を開けるために立ち上がる。
と、足元に見たことのない革表紙の本を一冊見つけた。
「んー?」
とりあえず換気してからそれを手にとる。
「なぁ、こんな本あったっけか」
「グスッ…どれ?」
鼻を真っ赤にさせたスニージーに、ほらよと投げ渡す。
「重た!……ってあれ?」
スニージーは中を見ようと開いて、目を丸くする。
「真っ白だ…」
バッシュフルが覗き込んで言った。
「メモ帳かな?」
「にしてはデカくね?」
パラパラ捲ってみてもどこまでも白いページが続くのみだ。
「あの、さ…なんかしたら読めるようになるんじゃないかな…?」
「バッシュフル、そんな申し訳なさそうに言わなくても…」
「てゆーか案外ドリーミーなこと言うんだな」
「え、ごめん…」
なぜ謝る。
「でもそうだったら面白いよなぁ」
3人は余程退屈なのだろう。会話がどんどん当初の目的から逸れてくる。
「炙り絵とか?」
「いいね!じゃ暖炉にでも…」
「それじゃあ普通に燃えちゃうよ」
「ん〜…インクを染み込ませたら誰か答えてくれっかも!」
「ここは秘密の部屋じゃないって」
「え?何の話…?」
ディープな内容に一人ついて来られないバッシュフル。
「あー…うん、まぁ眼鏡な男の子が頑張る話だ」
「うわ、超アバウト」
スニージーはタイトルすら記されていない真っ平らなそれを、指先で軽くなぞる。水気のないそれがやけに気持ちよくて、手のひらでも撫でてみた。
「…みんなどうしてるかな」
不意にバッシュフルがしんみりと言った。
「さぁな〜」
んー、と大きく背伸びして
「まぁ、なんであれあいつらがいる限りとりあえず白雪姫に害はないと思うぜ?」
ハッピーが適当に答えた、その矢先。
ピカ―――
本が目を開けていられないほど輝き出した。
「―…!」
それはほんの一瞬の出来事だった。
すぐに光は収まり徐々に視力も回復してくる。
「くぁーっ、何だよ今の!目玉が焼けるかと思ったぜ」
激しく目を擦りながらハッピーが喚く。
「…ほんと、びっくりした」
「どうして急に……あっ」
突然スニージーが小さく声をあげた。
「これ!」
なにやら興奮した面持ちで本を持ち上げる。
「「あっ…!」」
それはいつの間にかれっきとした本になっていた。
というのも、表紙には熟したリンゴをかじる可愛らしい少女の絵が描かれており、恐る恐る開いてみれば中にもずらずらと文字が刻まれていたのである。その上、ご丁寧にいくつか挿し絵まで組み込まれていた。
3人は顔を見合せ、誰かが何か言うのを待った。
少し経つと、痺れをきらしたハッピーが静寂を破った。
「おい…この絵、さぁ」
珍しく歯切れの悪い彼に変わって、スニージーが繋ぐ。
「……どことなく白雪姫に似てますね」
「似てるっていうかそのもの、って感じ?」
トントンと指で叩けば、不可思議なことに表紙の絵が動き始めた。
「わっ!」
焦って手を退けるも、それは止まろうとはしない。
何処からともなく小鳥が飛んで来て少女の肩に留まる。表情はよく見えないが微笑んでいるのだろう。少女は小さな口を大きく開ける。
――駄目だ!
先ほど魔女に変なリンゴを食べさせられたからだろうか。とっさに彼らはそう思った。
ガリッという音が聞こえた気がした。
少女は一口それを含むと糸が途切れたかのように地面に伏した。
「…!」
横でバッシュフルが息を呑むのがわかった。ハッピーは顔をしかめて「胸糞悪ィ」と目を反らす。
「んだよこれ。悪趣味だな」
「もしかして姫の身に何かあったんじゃ…」
「縁起でもないこと言わないで」
「でも本当にそうだとしたら?」
倒れたままの少女を見つめてスニージーが震える声で呟く。
「…やっぱちょっと様子見てくるか」
ハッピーが立ち上がろうとした、その途端。
ゴオォォォ――
強烈な風が突如、部屋にわき起こった。
「うおっ!?」
竜巻とも呼べるそれは瞬時に3人を呑み込む。
後に残ったのは、無惨に荒らされた部屋と、ちらかった本の山だけだった。
そして室内は再び静寂に包まれた。
まるで初めから誰もいなかったかのように。