夢みる乙女は眠らないっ!
□本編
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月村 馨(ツキムラ カオル)はごく普通の女子高生だ。
ちょっと、剣道で全国制覇してるぐらいの、ありふれた女の子だ。
運動部だから髪はショート(何故か癖毛が似合うと評判。不本意だが)だし、兄弟に挟まれて育ったため男気が強いのも自覚してる。でも顔はどこからどうみても女のものであるし、背だってどちらかと言えば低い。それなのに…。
「あの…先輩」
放課後、体育館裏に呼び出されて来てみれば随分可愛らしい三つ編みの女の子が待っていた。近づけば、もじもじと必死で言葉を探している様子が窺えた。
なんとなく嫌な予感がする。このパターンは――
「〜っ、ずっと前から貴方のことをみてました!よかったら私のパートナーになって貰えませんかっ?」
きた!王道だっ!ただここにいるのが女二人であることを除けば。
「――はぁ?」
思わず間の抜けた返事をしてしまう。今までもこういう事がなかったわけではないが…こうもストレートに、しかも初対面の子に言われたことはなかったのだ。
「あ、いきなりこんな事言われても困りますよね。でも時間が無いんです。詳しいことは後で説明しますから、とりあえず今すぐに会ってほしい人がいるんですが…」
「じ、時間?」
そんな切羽詰まった告白は初めてだ。ていうかしないだろう、普通。
「えっと…」
「馨ちゃん!」
どうしたものかと悩みとにかく断らねば、と口を開いた矢先に背後から聞き慣れた声がした。
「あ、瑠花(ルカ)!」
振り向くと幼なじみの瑠花が駆け寄ってくるのがわかった。
「チッ…」
「ん?」
舌打ちが聞こえたような気がして少女に目をやろうとするが。
「あれ!?」
まさしく音も無く、少女の姿は忽然と消えていた。
「はぁはぁ…もう!いつまでも来ないから心配したよ。用事があるなら言ってよねっ」
ぼくをこんなに待たせていいと思ってるのっ?と上気した頬を膨らませる。実に愛らしい姿だが。
「瑠花。男子たるものがそんな甘ったるい声で話すなっていつも言ってるでしょ?」
そうなのだ。どれほど見かけが可愛らしく言い寄る男が後を絶たないとはいえ、瑠花は正真正銘の男だ。物心ついた頃には既に馨以上に女らしかったのでつい忘れがちになってしまうのが恐ろしいが。
「しょうがないじゃん。声変わりしても可愛いもんは可愛いんだからさ。神様がいらんもの付けてきたのが悪い」
その"いらんもの"を上手く隠しきっているスカートが風に揺れる。相変わらず足が棒みたいに細い。綺麗だが、もっと筋肉をつけろと言ってやりたい。
そもそも男にセーラー服を許すこの学校の方が言いたいことがたくさんあるけど。
「ね、こんな所で何してたの?」
瑠花に訊かれて、はたと思い出す。
「あ!そうそう。今さっきまでここに女の子が居てね、なんか熱烈なラブコールをしてきてたんだけど…いなくなっちゃったみたいね」
馨は大雑把に経緯を説明した。
「……ふーん?」
妙な間が気になる。
「何よ」
「いや、相変わらず女の子にはモテモテなんだなぁと思って。ほんと、不毛だよね」
「あんたに言われたくないわ」
「失礼な。ぼく程生産性に優れた存在はないよ?なんてたって愛と癒しを男女問わず振り撒いてるんだからね!」
返す言葉がない。
「…と、冗談はさておき。参ったなぁ、その女は確かにパートナーがどうのこうの言ってたんだね?」
「うん。何で?もしかして知り合いだった?」
「えー…まぁ、うん。そうかな。間違っちゃいないけど仲良しなわけじゃないよ?むしろ敵。早く死ねばいいと思う」
吐き捨てるように言う彼に、眉をひそめる。
「ちょっと。失礼だよ」
「そんな顔しないでよ」
えい、と眉間に人差し指を当てられる。
「そうだ!実はぼくも馨ちゃんに会わせたい人が居てね」
「え、誰?」
「それは会ってからのお楽しみ――で、だからちょっと着いて来てほしいんだけど今日空いてる?空いてるよね、部活無い日だし」
まるで部活以外にやることがないみたいな言い方だ。確かにそうだけどなんか悔しい。
「…まぁ付き合ってもいいけど、変な人じゃないでしょうね」
「当然!大事な馨ちゃんに危害を加えるようなこと、ぼくがするわけないよっ」
嘘だ。瑠花の腹の中が真っ黒なのを長年の経験から学んでいる。訝しげに見れば「ほんとなのに〜」と手をバタつかせた。
「わかったわかった。で、どこに行くって?」
溜め息混じりの返答にも顔を輝かせる瑠花に、苦笑する。
「着いてくればわかるよ!」
そう言ってさも当然のように繋がれる手は春先だというのに暖かくて、眠気を誘うものだった。