□A single death is a tragedy, a million deaths is a statistic.
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雑木林は案外すぐに抜けられた。
抜けた先は一面のさとうきび畑。
甘ったるい匂いは焼け焦げた匂いが混ざって、本来の匂いは失われている。
後ろでカズヤが鼻をつまんでいた。


「カズヤは鼻がいいからな」

「うーん、甘い匂いだ…辛い」


カズヤは甘いものが苦手だ。
隊から勝手に離れてしまったし、あんまり長居するのも危険なのでまた耳をすませてみたが、次のはすませなくてもいいくらいの嗚咽だった。


「・・・――うっ、うえっ・・・えっ・・・」

「マーク、こっちだよ!」


先に気づいたカズヤが、さとうきびをかき分けて進んだ。
さとうきびは、かき分ける度にコットンキャンディのような匂いがした。


「いた! いたぞマーク!」


緊迫感のあるカズヤの声に急かされて行くと、小さなさとうきびの生えていない空間に、女の子を抱いた男の子が座り込んでいた。
女の子は2、3才。男の子は6、7才くらいだろうか。
男の子は俯いていて、表情は分からないが肩がカタカタ震えている。
女の子は、


「死んでる、のか?」


恐る恐るカズヤに聞くと「多分」と返された。女の子は青白い顔をして、首を怪我している。
俺は居たたまれなくなってその小さな男の子に声をかけようとした、が、カズヤに止められた。


「アメリカ人のマークが話しかけても、不安になるだけだよ」

「あ、ああ。俺は日本語分からないしな、ごめん、任せるよ」


カズヤは中腰になって男の子に喋りかけた。
男の子は女の子のことでいっぱいで、俺たちには気がついていなかったようだ。
男の子は俺たちに気づくと、ぶるぶるとさっきよりも激しく震えだした。鬼を見たような顔だった。


[僕、大丈夫? 怪我してない? その子は誰なの?]


言っている言語は全く分からなかったが、男の子はカズヤの日本語に安心したようだった。
男の子は涙をぽろぽろ流しながら、答えたようだった。


[ぼくはケガしてない。どこも痛くない。
 だけど妹が、ぼくの妹が!]

「何だって?」

「この子は妹だったらしいんだ・・・」


大体予測はついていたが、やはり身内を失うのは辛いだろうな。
俺が死んだら、ディランは悲しんでくれるだろうか、と考えて、やめた。
俺は死なないと約束した。


[俺たちと一緒に来てくれないか、大丈夫、傷つけたりしないよ。 避難するだけなんだ]

[ほんと? 妹も、助かる?]

[・・・助かるよ]


カズヤは渋い顔をしている。だが男の子はうれしそうな顔をした。
話している内容は、雰囲気から大体見当をつけられる。


「行こう、マーク。 彼は着いてきてくれるそうだ」

「ああ分かった。 なら一度本部に戻ろ――」


目の端のさとうきびの合間から、光るものが見えた時にはもう既に俺はカズヤを突き飛ばしていた。


「マーク!」

[・・!?]


がさがさとさとうきびが倒れていくのが分かった。
その原因は俺だ、俺が倒れたからだ。
下敷きになったさとうきびの、コットンキャンディみたいな匂いと、カズヤの叫び声が、聞こえた。

俺は、どうなった。


――腹部に、熱が集まるのが分かった。




A single death is a tragedy, a million deaths is a statistic.
(ひとりの死は悲劇になるが、100万人の死は統計になる)




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