□Falsehood is the jockey of misfortune.
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アメリカの、ニューヨークから一時間の、割と落ちついた住宅街の一角。そこに、俺とディランは居た。
「ディラン?」
さっきから惚けているディランに声を掛けると、びくっとして、「いきなり声をかけられたら、ビックリしちゃうよー」と首筋のあたりを掻いた。
俺は溜息をついて、ディランの横にホットミルクを置く。ディランはそれをみると、
「えー。ミーはアップルジュースがいいよドモン!」
「アップルジュースが無かったんだよ、ごめんな」
「Boo...。まあいいや、ありがとドモン」
親指をたててそう言うと、ディランは持ってきた鞄から本を取り出した。厚さ3ミリくらいの、絵本。
少し、年期が入っているのだろうか、表紙がぼろぼろだ。
それを開くディランは嬉しそうにしている。
「どうしたんだ、それ? ディランそんな本持ってたっけ」
「ううん、これはマークのだったんだんだけど、行く前にくれたんだ、小さい頃よく読んでた本なんだって!」
「へえ、それは良かったなディラン」
「もちろんさ! 全く読めないかと思ったけど、点字がついてたんだよ!」
本自体や名前に見覚えは無かった。
もしかしたら読んでいたのかもしれないが、俺はすでに忘れてしまっているのだろう。
それからすぐに、無性にコーヒーが飲みたくなったのでキッチンに入った。ミルがあるからそれで煎れよう。
俺が上にある棚を開けてミルを取り出した時、リビングで悲鳴があがった。
「わあっ!」
「ど、どうしたディラン!」
「・・・指を切っちゃったんだよドモン。――ファーストエイドキットはある?」
慌てて駆けつけると、ディランは自分の指を口にくわえていた。机の上には、一滴、ディランの血が垂れている。
「大丈夫かディラン。 慣れない本なんて開くからさ」
茶化すように言うと、ディランは「そんなことないよ」と頬を膨らませた。
「うーん、随分デンジャラスな本だね」
「はは。よし、手を見せてくれ、包帯まいてやるからさ」
俺はディランに包帯を巻き付けている間、とてつもなく不安になった。
大体、こんな古い本で手を切るだろうか。いくら本を日頃開かないからって、そんなことはないだろう。
――彼らに何か、あったのか。
「・・・ドモン」
ふいにディランに話しかけられた。
あまりにも不意打ちだったので、反射的にディランの顔を見ると、彼は微笑んでいた。
「ドモン、心配しなくても大丈夫!
カズヤは殺そうとしても死なないような人だよ?
マークだって、見かけによらず強いし、大丈夫さ!」
「ノープログレン!」と親指をたてて俺の目の前に突きつけた。
「そうだな、あいつらなら大丈夫だな。
ごめん、俺変なこと考えた」
「ちょっとくらいネガティブになることなんて、みんなあることだよドモン」
ディランは俺の頭を撫でて、包帯を巻いた手をにぎにぎと開いたり、握ったりしていた。
「ああ、ありがとうディラン」
「ねえ、ミーさ、アップルジュースが飲みたくなっちゃったよ!」
「はいはい」
俺は諦めて、近くのショップにアップルジュースを買いに行った。
「行ってらっしゃーい」
のんきなディランの声がした。
部屋に残ったディランは机に置いてある絵本と、その手前に垂れた自分の血とを見比べた。
「・・・マーク」
ディランはたまらなくなって、絵本を抱きしめた。
Falsehood is the jockey of misfortune.
(嘘というのは、不幸の女神の騎手である。)
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