短編

□ありがとう。
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シャカシャカと音楽を聴いていた、雨の日。

玲音はみんなのいる部屋に帰ろうと足を速めていた。

パシャっと足で地面を踏みしめるたびに水がはねて靴下は少しずつ濡れていく。







「うわー、もうびしょびしょだよー!」

「お帰りー」

「ちょww濡れてる濡れてるw」




待っていたのは六花と澪歌。どちらも玲音にとって大切な友達だ。




「コンビニでアイス食べようと買いに寄り道してたら雨強く降ってきてさー」

「あっ、僕もアイス食べたい!」

「私もー」




そう六花たちが袋を覗きこむと玲音が「全部私のだってば!」と言う。




「でも、アイス3つあるよ?」




澪歌がニヤッとしながら玲音に質問すると玲音はしらっーっとしながら無視をする。

しばらく沈黙が続くとやがて3人で顔を見合わせる。




「ぷっww」

あはははっと笑いあう。

「もー、そんなに食うと太るよ?」

「るっさい澪歌!」

「僕もそう考えてたよ!」

そう笑いながら楽しい日常だった。

3人にとって当たり前であって「離れ離れ」なんて事はなかった。




「ただいまー」




玲音が学校から帰ると、いつもなら先にかえってる六花がいないかった。

「あれ・・・六花?律ー?」

「ひっく・・・」

かすかに聞こえてきた泣き声に、玲音は急いで六花を探す。




「六花?!」

ばぁん、と勢いよく扉をあけるとベッドにうつ伏せて泣いてる六花がいた。




「どうしたのっ?!」

「・・・・っ」




目を真っ赤に泣きはらした六花は、ちらりと玲音を見るとまた目に涙をためた。




「僕・・・何かしたかなぁっ・・・・何か悪い事したかなぁ・・・!」

「落ちついて・・・・何があったの?」

「あ・・・のね・・・僕、家に帰らなくちゃいけないんだ・・・」




玲音は驚きで瞳を大きくあける。

家に帰る、と言う事は六花とはもう会えない。

楽しい話ができない。

笑えない――――・・・・。







「そぅ・・・・」

うわぁぁぁぁっとまた泣きだした六花。玲音は呆然としたまま立ち尽くしてしまった。




―――そもそも私たちの居場所はここじゃない。




巡り会えたのは偶然で。

出会えたのは偶然で。

喋れたのは偶然で。




偶然だらけのこの世界に。

必然なんて忘れていたこの世界に。




玲音は静かに六花の部屋をでた。

そして小さく目を細めた。




「そうなんだ・・・」

「うん・・ごめんね」




澪歌は小さく笑って首をふった。




「ううん、六花は悪くないよ!・・・あとわずかな時間、思いっきりハジケちゃいなよw」

「何それ・・・・」

あははっ、と笑いが響く。しばらく笑ったあとに澪歌がふと思い出す。




「あれ?玲音は?」

「それがさっきから見かけなくて」

「多分、自室じゃないの?」
















コンコン、と小さくノックする。

すると、「誰?」と言った玲音が覗く。




「どうしたの?」

「ちょっと聞きたいことがあって」

「そっか。入っていいよ」




にこっと笑って手招きをする。

おずおずと入ると2人でベッドに腰をかける。




「で、どうしたの?」

「怒ってるかなって・・・僕の事。」

「怒ってるわけないじゃん。私も、澪歌も。悲しいけど帰るとこがあるって羨ましいと思う。」




そこで一回口を閉ざす。

そしてにっこりと笑って六花に言う。



「ずっとね、考えてたの。六花に会えたのは偶然だからって思ってたけど・・別れがつらくなるから会わなきゃよかったなんて思わないよ。」




そう言って寂しそうに笑った。六花は俯く。




「私、さよならは言わないよ」

「えっ・・・」

「だから、有難うって言うね」







                        「ありがとう、六花」





















たくさん、有難う。

私と一緒にいてくれてありがとう。

私と笑ってくれてありがとう。

・・・・ありがとう。







「なに、言ってるのさー」




六花はくすぐったそうに笑うと、玲音から逃げるように出て行った。







 −−−次の日、六花の姿はなかった。










「・・・いつかまた会えるよね?」




その玲音の質問に答える人はいない。

からっぽになったこの部屋にはもう何も残っていなかった。

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