銀牙長編小説

□見果てぬ夢 第六章 〜孤独について@〜
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あんまりだ、と桜は思った。
わがままは言っちゃいけない。それは分かってる。
でも、あんまりだ!
桜はかなしい気持ちで、足もとに転がるからっぽのボウルを見つめた。
三角の耳は力なくしおれ、尻尾はだらりと垂れ、目は軽くうるんで虚ろである。

食事抜きなんて。
今まで、こんなことは一度もなかった。
餌ばかりじゃない。散歩もだ。
実は、このところ四日間も散歩をしていない。
毎日の朝夕の散歩は、昼寝よりもずっと楽しみにしているものだ。
あれがないと、気持ちよく昼寝もできない。
それが、すっかり忘れ去られていた。

桜の一日は、平日は大体こんな感じだ。
朝起きたら、まずはカズ君のお母さんと散歩。
終わったらお母さんは桜の朝食を用意してくれて、それから仕事に行く。
昼間はもっぱら昼寝。
夕方、学校から帰ってきたカズ君がもう一度散歩につれていってくれて、その後みんなで食事となる。
これが、桜が生まれてこのかた、二年間の日常生活だった。

最初は一週間ほど前、お母さんが朝の散歩を忘れはじめた。
これだけならまだよい。
桜にとっては、単なる運動不足だ。
しかし四日前から、あろうことかカズ君までもが、夕方の散歩をすっかり忘れている。
これは桜にとってはかなりショックだった。夕方の散歩は、桜にとって、大好きなカズ君と思いきりふれあう、かけがえのない時間なのだ。

そういうわけでここ数日、散歩に関して言えば、桜はかなり欲求不満な状態にあった。
そこへきて、この朝食抜き。
桜の食事は一日二回なので、夕食までざっと半日は何も食べられないことになる。

人間からしてみれば、何だそれくらい、死にゃしないんだから我慢しろ、というところかもしれない。
母親が所用で忙殺されて飼い犬の世話に手が回らないのも、多分そういった認識からだろう。
だが、当の飼い犬にとっては深刻な問題である。
幸か不幸か、桜に生き甲斐といえるものは四つしかなかった。
食うこと、寝ること、遊ぶこと、カズ君と遊ぶこと。

今、残されたのは、寝ることだけであった。
そこで、そうすることにした。
のろのろと犬小屋に入り、丸くなって目を閉じる。
ふて寝だ。

だが、気持ちが落ち着かない時にはなかなか寝付けないものだ。
つい、色々と思いを巡らせてしまう。
最後に満足のいく散歩をしたのは、いつだっただろうか? 
そう考えると、ふっと銀の顔が脳裏をよぎった。

そうだった。カズ君と、銀さんがいっしょだった。
いつもよりもっと、ずっと楽しかった。
銀さんたら、あんなにはしゃいで。
――子供みたいに跳ねまわって、何か可愛かったなあ。
目を閉じていながらも、自然と笑みがこぼれる。
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