銀牙長編小説

□見果てぬ夢 第八章 〜孤独についてB〜
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――来るんじゃなかった。
銀は、無言で歩く桜を、肩ごしに振り返ってちらちらと見ながら後悔した。
来る時はあんなに楽しそうだったのに、今は耳をすっかり萎れさせて、ずっとうつむいて。
景気づけのつもりで連れ出したのに、結局嫌な騒動で終わってしまった。

その他にも、銀にはつらいことがあった。かれこれ一時間ほど前になる。
騒動のあと、桜がカズ君の身を案ずるように振り返り、何度も足を止めそうになりながらも裏門を出るまでは、銀は無言だった。

それから少し離れたところに来ると、もう安全と判断した銀は、並んで歩く桜に厳しい言葉を投げかけた。
“言いたくはないが、困ったことをしてくれた”
穏やかに諭すような口調だったが、桜は当惑した表情を見せた。
“どうしていきなり噛みついたんだ、吠えるなり脅すなりすれば充分だったろうに”
カズ君があんな目に遭っているのを見ていられなくって、と桜は恥じ入り、蚊の鳴くような声で答えた。

銀とて同情してやりたいのは山々だった。
ご主人様のことを守りたいという気持ちは痛いほど分かったし、あれだけショックを受けた直後にきついことを言うのは気が引ける。
それどころか、勇敢だったと褒めてやりたいほどだ。
桜は少年を二度攻撃しようとしたが、一度はカズ君を、もう一度は銀を守ろうとしていた。
結果的には少年を挑発し、銀を危機に追いやったものの、完全なる善意にもとづいた行いだった。
これも、火を見るより明らかだ。

だが年長者としては、まず人間に牙を剥いてはならないと、心を鬼にしてきつく言い聞かせる必要があった。
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