スケッチブックの空を

□【2】憎しみの、先へ
1ページ/5ページ

 
 おれが例のマジックペンを入手してから、一週間が経った。

 そのあいだに変わったことといえば、おれが空を見あげるときの感情。

 これまでは、

(あの飛行機さえなかったら)

 だったのに。

 今では、

(あの飛行機を、塗りつぶしてみようか?)

 そんな<葛藤>になっていた。

 いつも見るだけで、どうにもできなかったおれが、干渉する手段を持ってしまったから。

 もう気軽には、空を見あげられなくなった。

 いつもの場所に、いつもとは逆のうつぶせで寝転んで、視界のなかに引き寄せたマジックペンをもてあそぶ。

「なんで、<本物>なんだよ……」

 このマジックペンが偽物であったなら、いくらでも塗りつぶすフリをして遊べたのに。

 そうしたら少しは、ストレス解消になっていただろうに。

 でもこのマジックペンは、きっと本物なのだ。

 カナミと実験して、人工太陽に「へのへのもへじ」を描いたら、雲に隠れてしまったから。

 自然な空とは違い、つくられた空の上で、そんな現象は本来ならあるはずもなく――翌日のニュースで、騒がれたほどだった。

(確定された空さえ、変えてしまう力)

 描けるだけでなく、影響まで与えてしまう力。

 それが偽物だなんて、とても思えなかった。

 ――塗りつぶしてしまいたい。

 あの飛行機も、おれの憎しみも、この記憶も。

 全部失くなってしまったら、楽なのに――

 そんなふうに思えてしまうのも、このマジックペンがあるからだ。

 あのとき<あいつ>は、

「あなたならきっと、正しい使いかたをしてくれるでしょう」

 なんて言って、おれにこれをくれたけど、一体おれのなにを見て判断したんだ?

 おれがひどく幼稚なことを考えるような人間で、あたりかまわずラクガキしてしまうとか、考えなかったんだろうか。

(どうして、<おれ>を……?)

 考えはじめたらとまらず、気がつくとおれは、屋上からおりて教室へと戻っていた。

 昼休みにおれが自分から教室へ戻るなんて、めったにないことだったから、カナミや他の友だちまで近寄ってくる。

「どうしたんだ? シュン。
 最近元気ないよな」

「テストの点だけが、人生を決めるわけじゃないんだぜ」

「うんこが出ないとか?」

「シュンをあんたと一緒にしないでよっ」

 好き勝手言ってくれるけど、逆に今はそれが落ちつく。

 ふと、おれじゃなくてみんなだったらどうするだろうかと、考えた。
 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ