スケッチブックの空を
□【2】憎しみの、先へ
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おれが例のマジックペンを入手してから、一週間が経った。
そのあいだに変わったことといえば、おれが空を見あげるときの感情。
これまでは、
(あの飛行機さえなかったら)
だったのに。
今では、
(あの飛行機を、塗りつぶしてみようか?)
そんな<葛藤>になっていた。
いつも見るだけで、どうにもできなかったおれが、干渉する手段を持ってしまったから。
もう気軽には、空を見あげられなくなった。
いつもの場所に、いつもとは逆のうつぶせで寝転んで、視界のなかに引き寄せたマジックペンをもてあそぶ。
「なんで、<本物>なんだよ……」
このマジックペンが偽物であったなら、いくらでも塗りつぶすフリをして遊べたのに。
そうしたら少しは、ストレス解消になっていただろうに。
でもこのマジックペンは、きっと本物なのだ。
カナミと実験して、人工太陽に「へのへのもへじ」を描いたら、雲に隠れてしまったから。
自然な空とは違い、つくられた空の上で、そんな現象は本来ならあるはずもなく――翌日のニュースで、騒がれたほどだった。
(確定された空さえ、変えてしまう力)
描けるだけでなく、影響まで与えてしまう力。
それが偽物だなんて、とても思えなかった。
――塗りつぶしてしまいたい。
あの飛行機も、おれの憎しみも、この記憶も。
全部失くなってしまったら、楽なのに――
そんなふうに思えてしまうのも、このマジックペンがあるからだ。
あのとき<あいつ>は、
「あなたならきっと、正しい使いかたをしてくれるでしょう」
なんて言って、おれにこれをくれたけど、一体おれのなにを見て判断したんだ?
おれがひどく幼稚なことを考えるような人間で、あたりかまわずラクガキしてしまうとか、考えなかったんだろうか。
(どうして、<おれ>を……?)
考えはじめたらとまらず、気がつくとおれは、屋上からおりて教室へと戻っていた。
昼休みにおれが自分から教室へ戻るなんて、めったにないことだったから、カナミや他の友だちまで近寄ってくる。
「どうしたんだ? シュン。
最近元気ないよな」
「テストの点だけが、人生を決めるわけじゃないんだぜ」
「うんこが出ないとか?」
「シュンをあんたと一緒にしないでよっ」
好き勝手言ってくれるけど、逆に今はそれが落ちつく。
ふと、おれじゃなくてみんなだったらどうするだろうかと、考えた。