novel

□蝶
1ページ/1ページ



ひらり、ひらりと黒い蝶が目の前を飛んでいった。

多分、行く当てなど無いのだろう。

ただ、ひらりひらりと飛んでいく。

多分、花の蜜を求めているわけではないのだろう。

ただ、ふらふらと飛んでいる。

蝶の行く先を目で追ってみると、そこには美しい罠が。

朝露に濡れて、きらきらと輝いている。

行く当ての無い蝶は、その美しい輝きに誘われて、ひらりひらりと飛んでいく。

「あ…」

不意に、蝶の動きが止まった。

罠にかかってしまったようだ。

美しい輝きに騙され、騙されたまま。

黒い蝶は、罠から逃れようと必死に羽ばたく。

けれども、羽ばたけば羽ばたくほど深く罠にはまってしまって。

その内、羽ばたくことすら出来なくなってしまって。

黒い蝶には逃げ場が無くなった。

後は、罠を仕掛けた主に死ぬまで愛されるだけだ。

…結局、それは幸せだったのか不幸だったのか。

もし自分があの蝶だったら。

もし貴方があの蜘蛛だったなら。

「俺は…」

幸せだろう。

行く当ての無い蝶は、愛しいヒトの甘い罠にかかる。

そして、死ぬまで愛される。

即ち、罠にかかることは、自分が死ぬまで愛して貰えるということ。

自分を、自分だけを見ていてくれるということ。

それは、この上ない至福であるということ。

幸せでないわけがない。


それとも。


自分があの蜘蛛で、貴方があの蝶だったなら。

帰って来てくれるだろうか。

迎えに来てくれるだろうか。


「アッシュ…」


お前なら、おれの罠にかかってくれる?

それとも、おれに会いに来てくれる?


「あいたいよ…」


会いたいよ、

迎えに来て…?







 蝶
(今どこにいるの…?)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ