novel
□victim
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「〜♪〜♪」
どこからか、微かだが歌が聞こえてきた。その旋律は、とても心地よく、さっきまではっきりとしていた意識が朦朧としてきた。
「くっ…眠気が、襲ってくる…!」
柱に寄り掛かり、辛うじて立っている状態のガイが呻く。
「これは……譜歌じゃ!」
膝を着き、花壇に体を預けてしまっているペールが叫ぶ。
どうやら、屋敷に侵入者が現れたようだった。白光騎士団は何をしているのだろうか…
朦朧とした意識の中、ルークはそんなことをぼんやり考えていた。瞼がとても重い。気を抜けば、眠ってしまいそう…
「裏切り者ヴァンデスデルカ、覚悟!」
ガクンと体が傾いた時、凛とした声が庭に降り注いだ。
と同時に、屋根から影が飛び上がった。
「…ッ、やはりお前か、ティア!」
影はそのまま師匠に飛び掛かると、杖のようなものを体に突き刺した。
「グ、ぅッ…!?」
ティアと呼ばれたその影はどうやら女のようで、女はしっかりと刺さったのを確認すると、杖を引き抜いた。
「ッ……!」
心臓を狙ったのか、左胸の辺りからドクドクと血が流れ出した。肺にも穴が空いたようで、師匠の呼吸はひゅっと空気が漏れるような音がした。
女はさっと師匠から距離を取り、俺の目の前に立った。そして、さっきの眠気を誘う優しい歌ではなく、刺々しく角の尖ったような旋律を、静かな歌声にのせて紡ぎ始めた。
しんと静まり返った庭には、師匠の苦しげな息遣いと女の歌声だけが響いていた。
歌うことをやめた女は不意に杖を掲げると、師匠に真っ直ぐ目を向けた。刹那、師匠の上に硝子の破片のようなものが現れた。
それは陽の光を受けてキラキラと輝いていた。あたかも、光そのもののように
「さようなら、…兄さん」
師匠とガイには届いたかどうかすらわからないような、小さな声で、女は別れの言葉を告げる。
しかしその声に躊躇はなく、女には強い意志があるのだと感じた。
「ホーリーランス!」
杖を勢いよく降り下ろすと、それが合図であったかのように無数の破片が師匠に降り注いだ。破片が突き刺さる度に、師匠の体は跳ね、血が飛び散る。
「……」
しばらくすると師匠は動かなくなり、女はくるりと俺に向き直って言った。
「失礼したわね」
そして、俺の横を通って元来た道を帰っていった。
ようやく体が動くようになって、師匠に駆け寄ってみると、息をしていなかった。
だんだんと体が透けはじめて、最終的にはキラキラとした粒子になって消えてしまった。
「師匠…さようなら」
ありがとうございました。
心の中でそう言って、俺は立ち上がった。そして、ガイのところに歩いていく。
「師匠、死んじまった」
ガイにそう報告すると、ガイはそうかとだけ言って、俺の頭を撫でてきた。
なんでこんなことするのだろう。そう思ってガイの顔を見上げると、ガイは少し悲しそうな顔をしていた。
だけど、俺はそれに気付かない振りをして、部屋に戻った。
「あーあ」
ベッドに仰向けに寝転んで、天井を見つめる。
「師匠がいなくっちまったら、飯食ってガイとだべって寝るしかすることがねぇじゃねーか」
暇だなぁ。そのまま目を閉じると、意識は真っ暗な闇の中に落ちていった。
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