novel
□感謝してる
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「ルーク」
カチャカチャとベルトを締める音と、彼の声ではっと我に返った。少し混乱して言葉を返せないでいると、「なんだなんだ?」と笑いながら彼は言った。
「俺に見惚れてたのかい?」
「ち、ちっげーよ!」
「ははは、冗談だって」
反射的に否定してしまったけど、本当は…
「……少しだけ」
見惚れてた。……かもしれない。
ぽつりと呟いたその言葉は、きっと彼には届かなかったろう。電車の騒音が掻き消してくれたはずだから。
急に恥ずかしくなって、足元に目を向けた。しゃがんでいるせいか、床がとても近く感じる。実際、近いのだが。
上から困ったような笑い声が聞えた。チラリと上を見ると、こちらに差し伸べられている手が目に入った。
「さ、立たないと」
「……」
彼が優しい声音で話しかけてくる。
確かに、ずっとしゃがんでいるわけにはいかない。それに、そろそろ目的地に着くはず。
手を借りずに立ち上がろうとしたが、足が痺れてしまっていてなかなか立てない。だから仕方なく……仕方なく、手を借りることにした。
手を掴むと、ぎゅっと強い力で握られ、そのままぐいっと引っ張られた。そしてそのまま抱き寄せられ、
「!?」
唇が触れ合った。ちゅ、ちゅ、と触れるだけのキスが繰り返され、そして深く口付けられた。彼の舌が口内に侵入してくる。
突然の出来事に反応できず、息を吸うことができなかった。苦しくて彼の胸を押し返そうとするが、恥ずかしがっているのだと勘違いされたようで、更に深く口付けられた。
舌を絡め取られ、吸われる。残っていた酸素がどんどん消費され、その苦しさに涙が滲んだ。抵抗しても開放されることはなく、暴れればその分酸素が無くなっていく。
余計に苦しくなるだけだ。ここは放してもらえるまで相手に身を任せるのが得策だろう。
諦めて、体から力を抜いた。すると、何かに気付いた彼が唇を離した。
「…はっ……ふぅ」
唇が離れた瞬間、大きく息を吸った。やっとあの苦しさから開放された。
「…死ぬかと思った」
「悪ぃ悪ぃ。我慢できなくてね」
「はぁ? 何…さっきシてやったのに…」
「そうなんだけどな。……と、着いたみたいだぜ」
「……」
さ、行こうぜ。
彼は機嫌良さげに笑みを浮かべ、昇降口を親指で指した。悔しいけど、カッコイイと思う。女にモテるわけだ…。
ぼんやりとそんなことを考えながら彼の後ろ姿を見ていると、彼がくるりと体をこちらに向けて歩いてきた。そして、「ほら、行くぞ」と腕を掴まれた。ぐいぐいと引かれ、強制的に彼に寄り添う形にされる。
「続きはまた後で、な」
「…なっ」
電車から降りる直前に、低く脳に直接響くような声で、囁かれる。…思わず立ち止まってしまった。顔が熱い。
彼は今何と言った?
この一文が、頭の中をぐるぐると巡り、支配してしまった。そんな時、またぐいっと引っ張られた。
「ルーク! そんな所で立ち止まってると危ないぞ。…ほら」
「え、あっ…すみません!」
こうなったのは誰のせいだよ、と内心で毒吐きながら、後ろにいた人たちに謝罪する。少しイライラしながら、駅のホームを歩く。隣の彼は相変わらず上機嫌だ。
「俺の気も知らないで…」
彼には聞えないように言ったはずだった。
それなのに、彼はぴたと歩くのを止めた。そして、こちらを向き、瞳が自分を捉えた。じっと見据えられている。
妙に緊張し、唾を飲み込んだ。それは思ったより大きな音を立てた。ゴクリという不快な音が耳に残る。
「な、なんだよ…」
「…ルーク」
真剣な面持ちの彼は、いつになく真剣な様子で名前を呼ぶと、次の瞬間にはぱっと花が咲いたように満面の笑みを浮かべ、
「愛してるよ」
と言った。そしてまた、くるりと進行方向に向き直り、歩き出した。もちろん、赤くなって固まってしまった情けない自分の手を取るのも忘れてはいない。
彼の手は大きくて、自分の小さな手を温かく、優しく包み込んでくれる。
……安心する。彼はここにいるんだと、自分は彼の隣に居ていいもいいんだと、再確認させられる。胸が熱くなった。と、同時に目頭まで…
「…ばか…」
「泣くなよ」
「泣いてない」
「…はは、そうだな」
ごしごしと制服の袖で目元を擦る。擦れたところが少しヒリヒリした。
…ほら、泣いてなんかないじゃないか。
「嘘つき」
「その嘘つきに惚れたのはどこの誰だよ?」
「〜〜〜! ガイのバカ!」
嘘つき、いじわる。
だけど、そんな貴方が
「……大好き。」