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□夢小説1
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【彼女のカレン】

どうしてもバトルで勝てるはずのない見た目ノーマル車が実は凄いチューニングされていたとか、わかるひとにだけわかる速さ、というのに人は一種の憧れを抱くもので、この騒動もそういったものによく似ていた。

一般車のいない、走り屋が道路を占拠する深夜、一部の車好きにしか車種さえ分からない見た目はいたって普通、言ってしまえば地味なその車が話題の中心にあった。

「おい、聞いたか、レコード3分32秒」
ニット帽を被った男が近くでしゃがんでいた男に声をかける。

「ああ、俺見てたわソレ」

声をかけられた黄色いジャージの男ではなく、別の男が返事する。

「ドライバーの姿見た奴いねーんだろ?」

コンビニの表にたむろする若者たちの話題は、近くの峠で行われる非合法のレースについてだ。そこでは基本バトルはしないがタイムアタックと称してストップウォッチを持ったものが勝手に記録して、ネットに公表している。数年ぶりに記録を樹立したのは地元の走り屋でもなんでもない、正体不明の地味な白い車だった。

しかもその記録は1週間もたたない内に塗り替えられた。同じ人物によって新記録が更新され続けるこの事態は異様だった。

「4分切るとかありえねぇ、しかも最初の3分59秒から27秒も縮めるなんてフツーじゃねえよ」

紫煙は闇に溶け、青白いライトに虫が群がり焼ける音が異様に大きく響く。誰かの息づかいまできこえそうな程、静かな夜。

男たちの顔は、競争心を煽られるのも忘れて、畏怖さえ滲む声色で口々に噂する。

「人間じゃねぇよ」

その車はいつも、突然現れ、誰ともつるむこともなくただ、走り去るだけ。誰もその正体を知らない。プロのドライバーがお忍びで来てるなんて噂もあった。

「だったらなんだよ」

「化けもんだ」

正体不明の白い車。

その噂は近隣の走り屋だけじゃなく、県外まで伝わる頃、噂を聞き付けた各地の走り屋たちが謎の白い車を確認しようと峠に姿を見せるようになっていた。

中里毅も噂を聞いて様子をみに来た一人に過ぎなかった。

「白い車の化け物は俺も一人知ってるんだがな」

誰にも聞こえないように呟く。
切れた煙草を貝に立ち寄ったコンビニでも白い車の噂を耳にした。あの86を越える走りをする車は早々いない。今日はあてがハズレた。峠に例の車が姿を表すことはなく、諦めて降りてきたところだ。

噂なんてあてにならない、

そう自分に言い聞かせるようにして32の運転席に体を押し込む。

聞いた話は全部噂だ。見聞きした事実ではない。噂だけが独り歩きし、実際はたいしたことないんだろう。

現に車種さえはっきりとしていない。本当にそいつは存在するんだろうか。噂なんていくらか誇張されるもんだろう。

近くのGSにでもよって帰ろう、キーを回すとセルの回る音とともにエンジンがかかる。ふと窓からコンビニの入り口に目をやると、一人の女と目があった。店員の制服を着て、ゆるく黒髪を後ろでまとめている。少し焦ったように目を泳がせてから、ニッコリと微笑みかけられた。

反応に困っていると、すぐに彼女はきびすを返してコンビニの中へ戻っていく。

まさか、微笑みかけられるなんて思ってもみなかったから、少し気になってしまう。

「なんだそりゃ」

思わず口に出して言ったが、例の車を見ることは出来なかったし、もうここにも来ないだろう。この峠もこの32にはあわない。

俺はギアをリターンに入れて、車を出した。街乗りには不向きな愛車は、ノーマルのセッティングよりずっと路面の凹凸が振動に変わる。
無駄に回転数は上げずにスムーズにシフトチェンジする。

すぐに、今日のことは忘れて、いつも通りの日々に戻る筈だった。







「毅、なんかあいつら騒がしくね?」

チームの一人が訝しげに言う。

週末、いつものようにただ、走るために妙義に集まったはいいが、珍しくギャラリーなんている。こういう日はレッドサンズなんかが来ていたりするもんだから、思わず中里の顔もあからさまに歪んが、一向に派手な2台のRX7の姿どころか、ロータリーエンジンの妙な音さえ聞こえてこない。

「赤城のやつらは来てねぇし、なんだ、なんも聞いてねぇぞ」

バトルするなら仮にもリーダーである中里に一報は入っていもおかしくない。

「毅、遅かったな」

赤のEG6から姿を表した男に、中里の眉間の皺が更に深くなる。同じチームにして犬猿の仲となったのはいつ頃からか、気付いた時にはこいつとは気が合わず、いさかいが絶えない。そらだけならまだしもチームの名声も下がる一方だ。最近は負けっぱなしで他のチームに舐められ始めている。

「おい、慎吾。どういうことだ」

「バトルにきまってんだろが、今夜は盛り上がるぜ」

「てめ、また勝手に喧嘩売ったのか。」

「ああ?なんでてめぇの許可いちいちとる必要あんだよ」

「許可じゃねぇよ、仮にもメンバーならメンバー全員に連絡するぐらい普通のことだっつってんだよ。それより相手は?」

「聞いて驚くな、今話題の白いカレンだ」

「白い・・・カレンだったのか。次々と記録更新してるって噂の」

驚いた。まさか慎吾がここまで情報を掴んでいたとは。その例の車がカレンならば納得だ。見ただけでは「何かわかんねぇけどカッコイイクーペ」という印象しかないマイナーな車だ。噂で車種がはっきりしなかったのはそのせいだったんだろう。カレンは「走り屋向きじゃない」車でもあるが。FFならまずシビックに乗るだろう。
そもそも車好きなら車種ぐらいすぐに分かりそうなもんだが。

「それより、どうやって喧嘩売ったんだ。」

確かドライバーは正体不明だ。誰ともつるまず、ただ走り去るだけらしい。よくバトルに漕ぎ着けたな。だが、慎吾の口からは予想外な言葉が飛び出してきた。

「喧嘩なんか、売ってねぇよ」

「は?」

「例の白いカレンが妙義に来るって小耳に挟んでな、その話によるとナイトキッズの黒い32を探してるってサ」

幾分か面白くなさそうに、慎吾は言う。
わざわざ、黒に塗り替えた32に乗ったナイトキッズのメンバーなんて、中里毅以外に考えられない。

まさか白いカレンが自分を指名しているとは思いもよらず、まず疑問が先立つ。大体、バトルするならば赤城が秋名に行くだろう。こう自分が言うのもなんだがウチのチームはあまり大人しくはない。バトルを挑む度胸には感心だけしておく。

「それで、どうやってバトルにこぎつけた」

「ダチ経由でな、勝ったら32Rと勝負させてやる。負けたら正体を見せろって条件でな。」

俺をだしにしやがったのか、と毅は怒りより呆れが先立つ。

「本当にそれで来るのか」

噂の白いカレンが自分をめがけてくる、というのは少し浮かれる話だが、何故いま、妙義のこのチームに目をつけたのか分からず気持ちがスッキリしない。不本意ながらこのところいい成績を残していない。
峠に行った日も俺はカレンを目にしてはいない。会ってもいない筈だ。

「・・・来たようだぜ」

峠を登るエキゾースト音が近付いてくる。ついに姿を表したか。白いカレンが赤のEG6の横につくと、ゆっくりとウィンドがさがった。
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