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□ローリングオレンジディズ
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街灯ひとつない山道を唸りながら上るのは健人サンの仲間とかいう茶髪の「よっしー」のR34GTターボだ。座席的な問題で健人サンの車には俺と勇士は乗れないらしい。
数台連なって登る車はどれも、重低音が響き山を越えてこだまする。その芯に響くような音に、実物はやっぱ思ってるよりリアルなんだと当たり前のことを実感する。まあ、今は音だけで速さなんてわかんねぇけど。
隣に座る勇士はガキみたいに目を輝かせて運転手の「よっしー」と会話を弾ませている。正直聞きなれない言葉で内容は右から左だ。むしろ、日常聞かされてる俺はうんざりしていたりする。エンジン音というか排気音にかきけされておれには殆んど聞こえないが。
「よっしーサンの車はロールバー入れなないんすか?」
「ああ、ホントはいれてーんだけどさ、まあ、俺はリーダー周辺と違ってしたっぱだしサ。ハハ」
勇士の質問に軽く答える「よっしー」は下っぱと自分のことを言ったつーことは、暴走族みたいにチームとかあるってことか。
すると助手席の男がニヤニヤしながら言う。
「テクだけなら雰囲気組やろ、あと、金もねーしな。」
それに笑いながらも、左手で小突くよっしー。図星なんだろう。
「金あったら34R買ってるわ!」
助手席の河村と名乗った細身の男は黒髪単髪で、眼鏡をかけている。車の構造とかに詳しく仲間の車をみているらしい。見た目だけなら、THE平凡。よっしーは、どちらかと言えば勇士よりの人間で明るめ茶髪をワックスで立てて、耳にはシルバーのピアスがいくつも連なっている。助手席の河村さんとは対極的で、一緒にいるだけでも意外な感じがする。
暴走族とオタクという相容れなさそうな走り屋のイメージが少し分かる。車が好きってだけで、誰でも仲間になってしまうのはある意味すげえことなんだろう。
「んで、リーダーとお前らってどんな関係?」
よっしーは俺と勇士に話を振ってくる。
リーダー?と首を傾げていると、勇士が代わりに答えた。
「健人サンとはガキの頃から知ってて、俺ら近所に住んでるんすよ。幼馴染みってやつっす。」
は?
俺は勇士に耳打ちする。
「健人サンって走り屋のチームとかのリーダーだったりすんの?」
「恭一さ、知らねーで来てたのかよ?紀井野の地元で最速チームARISEのリーダーつったら葛城健人サンじゃねーか。」
ドヤ顔勇士の台詞に河村さんが笑いながら注釈をつける。
「ま、地元最速つっても、俺らのチーム1つしかないんやけどな」
今時走り屋なんてそうそういねーよ、とよっしーも言う。紀井野のようなド田舎だから未だに走り屋がいるらしい。特に紀井野の峠はトンネルが出来てから山道を一般車が通ることはほとんどなく、走り屋が走るには絶好の峠なのだという。昔から走り屋に有名な山道は、度重なる事故と違反行為に道路に段差をつけてドリフトが出来ないようにしたり、検問したりして、走り屋は激減したらしい。
というのは河村さんの話だ。
この紀井野の峠も走り屋は20年ほど前にはいたらしいが、その後は度々遠征やツーリングで街の方からちょいちょい来るぐらいで、地元チームはいなかった。そこに健人サンが声をかけて人を集めて「Arise」がだんだんと出来上がったということだ。
「走り屋って高速道路とか走るんじゃないんか」
思わず呟く。
少なくとも俺はそう思ってた。漫画とかであったよな、600馬力時速300キロとかで東京とかの高速道路でぶっとばすやつ。悪魔のZだっけ?
だから峠と言われても、なんだそれ、としか思わなかった。俺の呟きに河村さんがちらりとこちらを見た。
「俺らチームっつてっも、プライベーターていうか、環状走ってる奴らとはちょっとちゃうな」
河村さんは呟くように言う。プライベーターってなんや、走り屋ってチームじゃないのか?
「環状ってなんすか?」
勇士は河村さんの言葉に食い付く。河村さんは同じ調子で続けるように答えた。
「20年以上前におったんよ、環状族てやつが。俺も生まれてるかどうかの時代やしな、おっさんらの話ではシビックばっか走ってたらしい。」
よっしーさんも頷いて、捲し立てるように言う。
「いまでもおるわ、全盛期よりはそりゃ少ないんだろが。チューン系の店のデモカーなら時々走ってるな。ま、関東の方がまだチームとか残ってるんやろけど」
「俺らは固定のショップでチューニングとかしねぇし、それぞれが勝手にやってる。走りの同好会みたいなもんだよ。」
河村さんの「同好会」という言葉によっしーは納得出来なかったらしい。
「同好会、は?リーダーは同好会レベルじゃねえけどな。あんだけ紀井野を攻めれる奴はいねぇよ」
と窓の外を示す。確かにこの山道は狭く、カーブも多い。ここを攻めるってどんなもんか全く想像はつかない。
殆んど1車線の狭い道路でスピードも出せる直線もない。
峠を攻める、ということがどういうことなのか、意味を理解するのに時間はかからなかった。
目の前を見たこともない車が咆哮をあげてすり抜けていく。
なんだこれは、
言葉にもならない嘆声が漏れる。
これが俺の知っている車の動きなんだろうか。
次々に派手な色の車があり得ない侵入速度でコーナーに突っ込み、きれいに流す姿はまるで今まで見てきた「車」の概念からかけはなれた存在に見えた。いや、これこそが車そのものなのかもしれない。