詩世界の夢見窓

□ハルガスミ
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長い冬が終わり雪解け水が葉を伝う春がやって来た。
やわらかな陽の差す窓際に私は仔猫を抱えて座っていた。
ゆらり揺らぐ春の風が私の身をそよぐ。
浅く眠る仔猫の背をやわらかく撫でる私の手、ふわり浮かぶ綿毛のように儚げだった。

「私の生活も随分と変わったわね…」

――ミュール

「……なぁにクロア」

――俺はずっと君の事を裏切らない。たとえ君に裏切られても

私は記憶の中のクロアに記憶とは違う言葉を返した。

『どこまでやれるか見ものね?精々頑張りなさい』
「アンタはお人好し過ぎなのよ。そんなんだから…」

私はそこで言葉を紡ぐことを止めた。
今更文句を言ったって何も変わりはしないのだから。

「………はぁ。本当に私は変わってしまったわね」

ふと、昔シュレリアに言われた言葉を思い出した。

『ミュールはどうしてクロアさんのこと好きになったの?』

正直に言ってしまえば今でもよく分からない。
けれど、きっと、あの時クロアが謳ったあの唄が自覚する切っ掛けだった。

――Nnoi crown, touwaka arsye yor(ひとつの盃杯 君と分け合おう)――

思い出す、クロアが告白をしてくれたあの日を。
クロアの想いが沢山詰まったあの唄を。

――Nnoi hopb, touwaka yor(ひとつの想いを君と分け合おう)――

外を見てみると数日前に降った春の雨でも降り積もる雪はあの日のまま凍ってしまった私の心と同じくまだ解けいない。

「一度は解けた筈なのに…自分の事ながら嫌になるわ。この事をクロアが知ったらどんな反応するかしら」

クロアを好きになるその度いつか来るであろう終わりを考えていた。

『化け物!!』

もう誰に言われたかも忘れてしまった言葉。
クロアの事を好きだと自覚する度、必ず思い出される言葉。
私は本当にクロアを好きなっても良いのか?私にはそんな資格は無いじゃないか?
柄にもなく臆病になってしまう。

「化け物のくせに臆病だなんて、笑っちゃうわね」

恋は人を変えるとは良く言ったものだ。
もう一度窓の外を見てみた。
雲行きが怪しくなってきている。

「この感じだとじきに降ってくるわね」

膝の上で我が物顔で丸まっている仔猫をよけて窓を閉める為に立ち上がった。

「温かい紅茶でもいれようかしら」
「にゃー」
「なにアンタも欲しいの?」
「うにゃん」
「分かったわ。少し待ってなさい」
「にゃん」

窓を閉めた私はそのまま台所へ行くことにした。
私の分の紅茶と仔猫の分のホットミルクが出来上がる位には時間がたった頃、外が雨で騒がしくなっていた。
部屋に戻ると窓の外はすでに雨で煙っていた。
仔猫の側ににホットミルクが入っている餌皿を置いて椅子に座った。
私は紅茶を一口飲んで、『たまにはゆっくり自分を顧みてもいいかもしれない』なんて柄にも無いことを考えてみた。
他にすることも無いので私は静かに記憶を再生していく事にした。
暫く大人しく見ていたのだか無意識に言葉が出てしまった。

「どうして…か」

言葉にしてしまえば最後。
そこから一気に思考は答え探し始めた。

――あんなに好きでいたのにクロアの笑顔も声も忘れられないのに。

いくら探したって答えなんて分かりきってるのに。
春の雨に打たれても凍った心も降り積もる雪もまだ解けない。

――ミュール『    』よ

思い出した…クロアの最期の時を…
なんでずっと忘れてたのかしら…
とても大切なのに…
クロアが名前を呼んでくれた後は、いつもと同じ台詞 『愛してる』の言葉。
凍った心がクロアの事を思い出す度に解かされて眼から涙が溢れ出してくる。
あの時のクロアは痛いほど笑顔で震える声のまま、あの唄を謳ってくれたわよね…
最初で最後の本気の恋だった…
貴方のおかげで臆病な私は人の愛し方と泣き方を知ったの。

「涙…?そう、やっと私は貴方の死を受け入れたのね。我ながら女々しいわねぇ………………今更だけど、さよならクロア。そして…ありがとう」

何度雪解けの雨が降り季節が廻っても、クロアとの過ごした日々を忘れないわ。

fin…
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