浅夢物語

□逢えない
1ページ/2ページ







またこの季節が来た。

この季節になると、必ずあの木の下のベンチに座っているおばあちゃん。
ベンチの隅っこにちょこんと腰掛けて、静かに見上げている。

話したことは無いけど、父さんの話だと、父さんが子供の頃から、毎年座っているらしい。
この近所に住んでいるわけではないのか、この季節にしか見掛けない。

誰かに迷惑をかけるでも、誰かの同情をひこうとしてるでもなく。
ただただ静かに座っている。
可愛らしくて小柄で、髪を横で緩く一つ縛りにした、着物を着たおばあちゃん。



僕は大学進学の時に上京して、成人式と、結婚式の為に帰ってきた。
結婚式を挙げるなら、地元が一番綺麗な時に、と。

そして、やっぱり、あのおばあちゃんは座っていた。


からかいとか、興味本意ではなく、ただ話しかけた。



「こんにちは」

声をかけると、顔を上げて一瞬ハッとした。けど、それはすぐに笑顔の中に消えた。

「こんにちは」

「毎年座っていますよね、ここ」

「えぇ…ずーっと昔の約束なの。『必ず、この満開の木の下で逢おう』って」


枝に溢れんばかりの花弁が色付き染まるこの季節。


「もう随分経つんですか?」

「そうね……探すのに時間がかかってしまったから、遅かったのかしらね」

「そういえば…似たような話を聞いたことが――……






父さんが、僕のおじいちゃん…父さんの父さんの話をしてくれたことがあった。

僕がおじいちゃんに会ったことはない。
父さんが小さい頃に亡くなったらしい。
写真の中のおじいちゃんしか知らない。写真のおじいちゃんはすごくかっこいい人だった。


父さんは、毎年この季節になるとおじいちゃんに毎日同じ木の所に連れて行かれたらしい。

『待ってるやつがいる』と。

『必ず、この満開の木の下で逢おうって約束なんだ』と。



父さんはよく分からなかったらしい。


「たいせつなひと?」

「あぁ」

「おかあさんは?」

「………………大切にきまってんだろ」


その時の、おじいちゃんの顔を、父さんはよく覚えていると言っていた。
眉間に寄る皺、今にも溢れ出しそうな、泪。
いとおしそうに眺める先には、柔らかい桃色の花弁と、突き刺すような蒼い空。



……――鮮明に覚えてる、と父さんは言ったんだ。」

「…貴方名前は?」

「歳…です」

「そう………土方さん」

「ぇ?!」

「貴方が逢わせてくれたのね」

「 ? 」

「歳さん…貴方は、いっぱいいっぱい生きて。幸せに…なるのよ」

差し出された手を握ると、おばあちゃんは両手でふわりと僕の手を包み込んだ。

おばあちゃんの手は、温かくて、ちょうどこんな日だまりのように優しかった。





その後、僕があのおばあちゃんに会うことは、二度となかった。











逢えない

(何度生まれ変わっても、約束は忘れない)






次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ