頂き物★
□SAKURA
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ごくフツーの社会人だった私が、激動の幕末へ迷い込んで既に七ヶ月が過ぎていた。
歴史オンチの私でも知っている、あの『坂本龍馬』をはじめ、有名な歴史上の人物達と一緒にいるなんて、未だに自分でも信じられないし、不思議な感じなんだよね…。
暦の上では春だと言うのに、京の朝晩の冷え込みはまだ厳しい。
私は、日課になっている朝稽古をするために、庭に出て以蔵を待っていた。
…私の実家は剣道の道場で、小さい頃から自然と竹刀を握って育った。気が付けば、私も剣道が大好きになって、学生時代はもちろん、教師になった今でも部活の顧問をしていたほど。
だから、以蔵に朝稽古の話を持ち掛けられた時は、すごく嬉しかったんだ。まぁ、『以蔵と一緒』だから…って言うのが、一番の理由だったりするんだけど。
縁側に座って以蔵を待っていたものの、今朝は、じっとしていると、身震いしちゃう程寒い。私は我慢できず、ウォーミングアップに素振りを始めた。
シュッ! シュッ!
竹刀が空を切って、心地好い音が鳴る。自分で言うのも何だけど、中々切れのあるいい音♪
ちょっと寒いくらいの方が、稽古にも身が入るのかもしれない。空気も綺麗でとても気持ちがいいんだよね。
「ん?」
竹刀を振る私の視界に、小さな白っぽい物体がはらりと落ちてくるのが見えた。
手にとってよく見ると、それは桜の花びら。…そっか、暦だけじゃなく、本当に春がやって来たんだね。何だか嬉しい気持ちになって、その花びらを見ながらつい微笑んでしまった。
「何かいいものでも見つけたのか?」
「え?」
急に声をかけられて振り返ると、以蔵が怪訝な表情で私を見ていた。
「何でニヤニヤしているんだ?」
「ニヤニヤって…」
「本当のことだろ?」
「もう!」
そりゃぁ、嬉しくて笑ったのは事実だけど『ニヤニヤ』って、あんまり良い表現じゃないと思うんだけどなぁ…。まぁ、思ったことをストレートに表現しちゃうのが以蔵だもんね。
だから、私はそれ以上反論せずに、手にした花びらを見せた。
「ほら…これ」
「…桜?」
「綺麗だよね…春なんだなって実感する」
「俺は、あまり気にしないな」
「え!気にしないの?もったいない…」
「そうか?」
「もったいないよ〜!外国と違って、日本は四季がハッキリと別れてるの。これを感じられるのって、すっごく贅沢な事なんだよ?」
「へぇ…そうなのか」
「そう!それに、桜はすぐ散っちゃうでしょ?せっかく綺麗に咲いてるのに、見ないなんてありえないって!」
ものすごく力説する私に、以蔵は驚いているみたい。だけど、すぐにいつもの表情に戻って、こう言った。
「お前のいた時代も、花見はするのか?」
「うん、するよ。花を見て楽しむ事もするし、お花を見ながら飲めや歌えや…って事もね。去年は学生時代の友達と、盛り上がったなぁ…」
「ふぅん…今も未来もあまり変わらんのだな」
以蔵は妙に感心したようで、頷いている。
「ねぇ、以蔵達もお花見するの?」
「いや、俺達はしない。人ごみの中へわざわざ出かけるなんて、新選組の奴らに見つけて下さいって言ってるようなもんだからな」
「…あ」
「それに、花を眺める余裕が…俺にはない」
「そっか…そうだよね」
正直、ちょっとがっかり…。あわよくば二人で…なんて考えていたけれど、あっさりと否定されてしまった。でも、仕方ないよね…わざわざ危険を冒してまで、お花見に行くなんて無謀すぎるもん。
「以蔵、稽古始めよっか」
「ん…ああ」
どうにもならない事を悩んだって仕方ない!私は気持ちを切り替えて、朝稽古に励んだ。