季節イベント用短編集
□ありがとう
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<ナミ>
好きな人ができると、世界って変わるんだと思う。
だって、一緒に過ごす毎日は眩しいくらいにきらきらしていて。
同じことをしていても、以前とは全然違う。
そんな日々をありがとうって、いつも伝えたいから…。
私はずっときっかけを探していた。
<ナミ>
「あー!
またそんな格好して…」
朝。
すんごい薄着で庭に立っている以蔵。
早朝鍛練は日課って、わかってるよ。
でも今日は、雪だって積もってるのに。
<以蔵>
「別に寒くなどない。
動いていれば温まるしな」
<ナミ>
私の方も見ずにそんなこと言うんだから。
一生懸命なのはいいけれど、私は心配なんだよ。
まったくもう。
そこまで言うなら…
「私も稽古、しようかな!」
やめさせるんじゃなくて、一緒にやっちゃえ!
丹前を縁側に放って…
う、うぅぅ。
やっぱり寒い!!
タイミングよく風がぴゅーっと雪を撒き散らしていく。
<以蔵>
「馬鹿、なにやってんだお前!」
<ナミ>
あまりの寒さで思わず目をつぶってしまったけれど…。
開いたとき一番最初に見えたのは睨みながら駆け寄って来てくれる以蔵の顔。
「以蔵」
<以蔵>
「風邪でもひいたらどうするんだ」
<ナミ>
そうして私の丹前を拾って、肩に載せてくれた。
心配してくれるのが嬉しくて、でもその慌てようはちょっと面白くて…ふふふ。
<以蔵>
「…なに笑ってる」
<ナミ>
「だって、以蔵はそんなぺらぺらの着物でいるのに。
私にはあれもこれも着てろなんて、おかしいなって思って」
<以蔵>
「…」
<ナミ>
ふぅっとため息をひとつついて…以蔵は私の髪をくしゃっとする。
その手の感覚も好きだけれど…。
こうしてると、顔が少し近くなるところがもっと好き。
<以蔵>
「お前と俺じゃ身体の造りが違う」
<ナミ>
「そう…?」
私だって冬の早朝トレーニング、初めてじゃないんだけれどな。
…まぁ雪の中草履で素振りっていうのは初の試みだけれど。
<以蔵>
「お前は日を改めろ」
<ナミ>
それも心配性の以蔵に阻止されちゃった。
寒いのは確かに…図星なんだけれどね。
「じゃあきっと以蔵は冬生まれだね」
<以蔵>
「何か関係あるのか?」
<ナミ>
「冬生まれの人は寒さに強いんだよ」
以蔵は少しびっくりした顔をして、その後少しだけ笑う。
これも、好きだなぁ。
<以蔵>
「変なこと言うんだな。
確かに俺は冬に生まれたように聞いた覚えはあるが。
それとこれとは関係ないような気がするぞ」
<ナミ>
「誕生日はいつ?」
何気なく聞いてみたけれど、思い返してみたら今までずっと知らなかった。
恋人の誕生日もわからないなんて、おかしいね。
以蔵が冬生まれなら、近いかもしれない。
そしたらお祝いしてあげたい。
なのに以蔵は難しい顔でこんなことを言う。
<以蔵>
「誕生日?
なんだそれは」
<ナミ>
「生まれた日だよ。
誕生日会とか、しないの?」
昔はそんな習慣とかなかったのかな?
<以蔵>
「自分の生まれた日など、いちいち覚えてないからな…」
<ナミ>
「そうなんだ」
それはなんだか…。
つまらないな。
イベント事が全てじゃない。
それは、その通りだと思う。
だけれど、この時代にはクリスマスとかバレンタインデーみたいな、恋人にプレゼントを贈る行事がない。
行事に頼る必要なんかないのかもしれないけれど、やっぱりなんでもないのに改まったものを用意するのは照れるから…。
きっかけがあったら嬉しいなって思ったの。
だからせめて誕生日くらいは、お祝いしたかったなぁ。
<以蔵>
「ほら、向こう行ってろ」
<ナミ>
口調は素っ気ないけれど、そっと私の背中を押してくれる以蔵の手は優しい。
それがとっても嬉しいこと、伝えたいのに…。
難しいな。
どうしたらいいんだろう。