季節イベント用短編集
□Tomorrow is the last Time
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<ナミ>
「姉さんなら大丈夫」って、慎ちゃんはそう言うけれど。
私はそんなに強くない。
今まで、誰にも迷惑かけないでできるだけ自分の力でやって行こうとは思っていたけれど…。
本当は私、慎ちゃんがいないとだめなの。
この時代にタイムスリップした私が、未来に帰る方法を見つけて。
いざ帰ろうと思ったときに障害になったのは、慎ちゃんの存在だった。
もう会えないって実感じたとき初めて、好きだったことに気が付いた。
もちろん、慎ちゃんはそれを知らない。
…世間知らずの私の傍に、いつだっていてくれた慎ちゃん。
最初は可愛い男の子だなぁなんて思ったりしたけれど…。
本当はすごく頼りになって。
人一倍責任感が強くて、勇敢で、意思の強い人だってことがわかった。
一緒にいたら、いつだって楽しかったし、心強かった。
でもそれももう明日でおしまいだと思ったら…。
やっぱり切なくて。
…やりきれない。
<慎太郎>
「これで姉さんも未来に帰れるっスね!」
<ナミ>
慎ちゃんが明るく声を掛けてくれたのは昨日のこと。
あまりに突然で、そして帰れるっていう状況があまりに意外で…。
私はしばらく何も言えなかった。
「…本当に、帰れるのかな?」
やっと出てきた言葉はそれだけ。
<慎太郎>
「そうですよ。
ご家族やご友人とも会えますし、姉さんがやっていた学問も続けられるっス。
もう不自由な想いもしなくていいんスよ」
<ナミ>
不自由な想い…。
確かにこの時代は便利とは言えなかった。
掃除も洗濯もお料理も。
明かりをつけることすら、どうすればいいのかわからなかったもの。
でも、慎ちゃんがいたから…。
それを不自由だなんて思ったことは一度もなかったんだよ。
「私…でも、この生活に慣れちゃったから…。
不安だよ…」
きっと慎ちゃんは、私が飛び上がって喜ぶと思ったよね。
どうして私がこんなことを言うのか…全然理解できなかったと思う。
だから突然泣き言を言い始めた私を見て、すごく焦ってしまったみたいだった。
<慎太郎>
「そんな弱気にならなくったって、ここに慣れたように、元の生活にもすぐ慣れるっスよ」
<ナミ>
「そうかな…」
本当はね、そうじゃなくて。
「じゃあ、ここにいればいい」って言ってほしかった。
その言葉を引き出すには、本当は私がここにいたい理由をちゃんと言わなくちゃいけなかったよね。
でもそのときは、初めて慎ちゃんを好きなことに気付いたばかりだったから…自分でもどうしたらいいのか、わからなかったの。
<慎太郎>
「姉さん、姉さんがここにいたのはせいぜい一月かそこらっスよ。
おれとしては、名残惜しんでくれるのはとても嬉しいですが…。
そんなに心配することじゃないっス」
<ナミ>
慎ちゃんが肩に置いてくれる手が妙に温かかった。
硬派な慎ちゃんが私に触れることなんてほとんどなかったけれど…。
でもその温かさを、そのとき知ってしまったのも、私の不幸だったように思う。
やっぱり傍にいたいって思ってしまったから。
<慎太郎>
「姉さんなら大丈夫っス!
ほら、顔を上げて、笑ってください」
<ナミ>
笑うどころか。
不意に、涙がこぼれてしまった。
私、この時代に来て途方に暮れていたときだって…泣いたりなんかしなかったのに。
慎ちゃんは、私の涙の理由を聞いてきたりしなかった。
きっと、緊張の糸が切れちゃったんだろうな、くらいにしか思ってないんだろうな。
それは仕方ないよ。
だって私にとっても…。
この現実も、この恋も、あまりに突然のものだったんだもの。
一度泣いたら涙は止まらなくなってしまって…。
私は泣きながら、もうすぐにでも帰った方がいいっていう慎ちゃんの言葉を聞いていた。
「嫌だ」って言えたらよかったのに…。
出てくるのは涙だけで、言葉はひとつも出てこなかった。