頂き物★

□ずっと…ふたりで
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中岡side

「……はぁ」

溜息をつきながら、短い襟足に、つい手をやってしまう。
確かに髷を切るのは勇気が要ったけど、溜息の原因は…違う所にある。

姉さんが帰ってしまってから、はや四月。
用事のない時は、縁側で何をする訳でもなく、ぼんやりしている事が多くなっていた。

姉さんと言う存在が、俺の中でいかに大きなものだったのかと、今更ながら思い知らされている。

パシッ!

「…ぬぁ!?」

いきなり背後から頭を叩かれて、変な声を出してしまった。…振り返ると、龍馬さんが眉間にシワを寄せて俺を睨んでいる。

「…簡単に背後を取られるとは…中岡らしゅうないのう」

「すみません…」

「…何時まで呆けとる気じゃ?」

「……」

「まぁだ後悔しちょるか?何故引き止めんかったかっちゅうて…」

「な、何言ってんッスか?」

「この際、ハッキリ言うておく。武市や以蔵は放っとけちゅうたけど、わしはもう黙っておられんき」

「ええ?」

「おまんがナミさんを好いちょった事は、皆が知っちゅう…」

「……!」

「あん娘も、多分おまんを好いちょった。けんど、ナミさんが帰るか否かは、二人の決める事じゃっちゅうて、わし等はずっと黙っとったんじゃ」

「龍馬さん…」

「結局ナミさんは、未来へ戻った。そうじゃの?」

「…はい」

そう。姉さんに、帰ることを一番勧めたのは、俺自身なんだ。

このまま姉さんが俺達と一緒に居る事は、彼女を危険な目に逢わせる可能性だって否めない。

だったら、俺達がとれる最善の方法を、姉さんにしてあげるのが一番いい。そう思って、何も告げずに見送ったんだ。

「…しっかし、今のおまんは何じゃ?仕事は手につかん、心も落ち着かん…体ばかりか、心根までこんまい、情けなか男になっちゅうが!」

「…こ、こんまい!?背の事はどうにもなりませんけど、心根までって!」

「何じゃ、やる気かぇ…?」

「……っ」

反論しかかったけれど、言葉を飲み込んだ。自分で出した答えに、納得出来ていないのが、そもそも問題なんだ。

「すみません。俺…本当に、こんまい男ッス…」

情けないけど、うなだれてしまった。
でも、後悔したってどうにもならない。姉さんは、もう帰って来ないんだから。

「…龍馬さん」

「ん?」

「…もう少しだけ、時間を貰えないッスか?今が大切な時期だって事は、俺も理解しています」

俺は、龍馬さんに頭を下げ、立ち上がった。

「中岡、何処に行くが?」

「…神社に行ってきます。けじめ、つけたいですから」

「…ほうか」

龍馬さんは、もう何も言わない。
俺が俺自身で、きっちりと始末をつけなきゃ。

まだ日が落ちるには時間がある。
俺は、姉さんを見送った神社へと向かった。



師走の町はとても賑やかだ。

雑踏の中を一人歩きながら、俺は色々な事を思い出す。

始めて姉さんと会った日。
長州藩邸からの帰り道、隣に立った姉さんは、思いの外背が高く…正直ちょっと悔しくて。
ならば心意気でと、それ以来、姉さんの前では常に気負っていた事。

寺田屋での生活が慣れた頃、ふぉとがらを見て一人泣いていた姉さんを励ました事。

お使いの途中、通り雨に降られて、ひとつの傘で帰ったら、龍馬さんに冷やかされた事。

冬の寒い日、火鉢の前で身を寄せ合いながら、一緒に熱いお茶を飲んだ事。

他にも沢山の思い出が、俺の中には詰まっている。
けれど、もういい加減、けじめをつけなくちゃ…ならないんだ。

姉さんを…見送った場所。

まだ新しい神社は、あの日と同じ様に、静かに佇んでいる。

…正直、俺は、姉さんが未来から来たなんて、半信半疑だった。

確かに、珍妙な格好だったし、言葉使いは変だし、えげれす語が多少理解してたりと、不思議な人ではあったけど…。
でも、何より優しくて…可愛らしくて、愛おしくて…大切な女だった…。


姉さんが帰って行った、お社を見上げる。
触れていたしめ繩も、あの日のままで、ゆらゆらと風に揺れていた。

階段を上って、そのしめ繩に触れ…そっと名前を口にしてみる。

「…ナミ」

「……は、はい!」

あ〜、ついに幻聴まで聞こえてしまうなんて…。
俺、ふっ切るまで、まだ時間がかかりそうだ。

しかし。

「…し、慎ちゃん?」

……え?

空耳じゃ…ない?

そう思った瞬間、突然目の前の風景が歪んで…ゆっくりと、何かが形を成してゆく。

「…え…ええっ?」

それは、だんだんと人の形に変わっていき…ついには俺のよく知る人物へと変化したのだ。
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