季節イベント用短編集

□こんなに近くで…
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<ナミ>
女将さんが変なことを言い出したのは今日のお昼過ぎ。


<お登勢>
「ナミちゃん、あのなぁ、ナミちゃんさえよければほんまええ縁談があるのよ」


<ナミ>
「へ?」

え、縁談?
何を言い出すの、女将さん…。

寺田屋の女将のお登勢さんは、私が未来から来たことを知らない。
多分龍馬さんの昔馴染みみたいな感じで認識されている感じ。

とっても可愛がってくれてたくさん世話も焼いてくれるんだけれど、私の過去を探ろうなんてことは絶対してこない。
ここには「訳あり者」がたくさん来るからだって武市さんが言っていた。


<お登勢>
「『へ?』やのうて、ナミちゃんかてそろそろお嫁に行ってもいいお年頃やろ?
龍馬さんたちはなんや、ナミちゃんをもらう気ぃなんてなさそうやし、近頃丁度ええお人を見つけたんよ。

せやから一度会うてみぃへん?」


<ナミ>
「…」

え、えぇぇ!?

そ、それってお見合いだよね?
私、ここの時代で会ったこともない知らない人と結婚するってこと!?

ハ、ハードル高すぎるよ!!


<慎太郎>
「女将さん、それはいくらなんでもやり過ぎっスよ!」


<ナミ>
「…」

…慎ちゃん。

胸がちょっとだけ、きゅんとなった。

突然廊下の脇から出てきて私を背中に回してくれた慎ちゃん。
本当にいつもタイミングいいよね。

今、このときも…私がどうしたらいいか困ったときは必ずどこからともなく駆けつけてくれる。


<お登勢>
「せやかて、中岡さんにはわからんかもしれへんけれど、女には女の幸せがあるんやさかい。
このままずーっとお嫁にも行かんと、子供もできん寂しい人生にはしとうないやろ?」


<慎太郎>
「それは…り、龍馬さんが色々考えてるんスよ!
ちゃんと、姉さんの将来のことは。

だから女将さんはご心配なさらず」


<ナミ>
女将さんが私のことを想って提案してくれたってことはよーくわかる。
この時代では私くらいの歳の子はみんなお嫁にいっちゃうのが一般的みたいだし。

でも私、知らない人のところになんかお嫁に行きたくない。

だから…。
私は、前に立って一生懸命女将さんを説得しようとしてくれている慎ちゃんの背中をずっと見ていた。





<慎太郎>
「女将さんもまた随分突拍子もないこと考えるもんっスね」


<ナミ>
「うん、びっくりしたよ」

私と慎ちゃんは縁側に並んでお菓子を食べる。
一応お登勢さんは慎ちゃんの意見に納得してくれたみたい。

結局私は自分の意見を何も言えないまま、慎ちゃんに任せるだけになっちゃったんだけれど。

っていうか、私のために必死になってくれた慎ちゃんを見ているのが嬉しくって、何も言えなかったんだよね。


<慎太郎>
「姉さんは未来から来たんスから、この時代の人との縁談なんてありえないっスよ」


<ナミ>
「…えっ!」


<慎太郎>
「へ?
すんません、おれ驚かせるようなこと言いましたか?」


<ナミ>
「…いや、別に…」

最後の方、言ったか言わないかわからないくらい…もごもごしちゃった。

ありえない…。

ありえない、か…。
そうだよね。

この時代の人と結婚とか、恋愛とか、そういうのなんて…。
ありえないよね…。

そう、例えそれが慎ちゃんでも…。


<慎太郎>
「姉さん?」


<ナミ>
なんか、すっごい高いところから一気に突き落とされたみたいな気分になってしまった。
言葉って武器になるんだね…。


<慎太郎>
「ま、心配しなくても姉さんを嫁になんかやらせやしませんよ。
この中岡慎太郎にお任せください!」


<ナミ>
「あ、うん…」

どんっと自分の胸を叩いてみせる慎ちゃん。
さっきの「ありえない」さえなければ、私は今の台詞に飛び上がって喜んでいたところなんだけれど。

慎ちゃんはきっと、私の気持ちなんてわからないんだろうなぁ…。


<慎太郎>
「姉さん?大丈夫っスか?」


<ナミ>
「え?
あ、あぁぁ大丈夫大丈夫!
ごめんね、ぼーっとしちゃって。

慎ちゃんが女将さんをなんとかしてくれてすっごく助かったよ。
私一人じゃどうにもならなかっただろうし」


<慎太郎>
「そりゃ当然っスよ。
おれと姉さんの仲じゃないっスか」


<ナミ>
「あ、あり、ありがと」

慎ちゃんは年が近いからか、寺田屋にいる人たちの中でも一番一緒にいる時間が多い。

いつもすごく忙しそうにしているのに。
どんなにバタバタしても毎日一回は必ず話しかけてくれる。

お出かけすればお土産を買って来てくれる。
困ったことがあればいつでも相談に乗ってくれる。

それだけじゃなくて、私の作ったご飯をいつもおいしいって食べてくれるし、部屋の掃除をしても誰よりも喜んでくれるし…。

そう、私たちはいわゆる「仲良し」なのだ。

でも。


<慎太郎>
「女将さん、おれらのいないところでまた何か言ってくるかもしれないんで、そのときはまた遠慮なくおれに言ってください」


<ナミ>
「うん」

仲良しだからこそ。
発展しない関係もある。


<慎太郎>
「まぁとにかく、おれが言いたいのは…。

姉さん、嫁になんかいかないで…ずっとおれと一緒にいてくださいね、ってことです」


<ナミ>
「え…え!?」

うっ。
なにこのドッキリは。

心臓が刺されたみたい。

って…何間に受けてるのよ。


<慎太郎>
「姉さん?」


<ナミ>
「も、もちろん!

そんなー、慎ちゃんを置いてお嫁になんかいくわけないじゃない!」


<慎太郎>
「よかったー」


<ナミ>
…よくない。
全然、よくないよ。

このやりとりが冗談でしかない関係なんて…。
私は望んでない。

これが普通になってしまうなんて。
こんなの嫌。


<慎太郎>
「…姉さん、なんか深刻そうな顔してますけれど…

まさか、おれのこと好きとか、そういうわけじゃないっスよね?」


<ナミ>
「は!?ちょ、ちょっと何言ってんの、冗談キツイよ…」


<慎太郎>
「そうっスよね。
ほっとしました。

おれ、姉さんとか興味ないんで。
好きなられても困るっスから」


<ナミ>
…え。

ちょ、そこまで…そこまで言わなくても…。


<慎太郎>
「もしかしたら、とか思っても何にもなりませんよ。
さっさと未来に帰ってくださいね」


<ナミ>
そ、そんなニコニコしながら酷いこと言わないでよ…。
私だって、わかってるよ、そんなの。

好きになったって迷惑になるだけだって、ちゃんと思ってるもん。
だから我慢して伝えないようにって、してるんだよ?


<慎太郎>
「それで被害妄想とかやめてくださいね。
おれそういう人嫌いです」


<ナミ>
そ、そんな、被害妄想なんて私は別に…。

待ってよ慎ちゃん。
嫌いなんて言わないでよ、ねぇ…。

慎ちゃん、もう少し私の話聞いてよ。
色々考えてるんだよ、私。

だから…

慎ちゃん…

慎ちゃん…!
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