零-Zero-

□**裏舞台の役者達
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もう一人の男が空間から去った後、男はしばらくその空間に座り続けていた。ちらりと視線を横に向け、冷たい声を吐き出す。



「―【睡魔】」

「はい。なんでしょう」



どこから現れたのか、男の声に素早く反応して、無機質な女の声がすぐ近くから聞こえた。

声から女が近くにいることを確認した男は、視線を前へと戻し、心底つまらなそうに息をつく。




「【絵師】を見張らせろ」

「【絵師】のみをですか……?」

「こちらの存在を知っている【絵師】だけで十分だ。あいつさえ黙らせておけばどうにでもなる……行け」

「……はっ、仰せのままに」



【睡魔】と呼ばれた女は、頭を垂れて、その空間を後にした。【絵師】というのは、おそらく先程までこの場にいた、もう一人の男のことだろう。

どうやら【睡魔】や【絵師】というのは、コードネームのようなものらしいが、一体何を表わしているのだろうか。予想はつくが、ここで言うことはできない。黙秘させていただこう。



「【記録者】は、いるか?」

「はい、ここに」



暗闇に、突然小さな光が現れ、そのぼんやりとした光の中心点に、スーツを着た女性が現れた。しかし光が弱いのと、その光がある位置が低いために、顔は確認できない。



「喜べ【記録者】、この学園にはどうやら【汎愛】がいるらしい」

「――――っ!?」



【記録者】と呼ばれた女は驚愕し、伏せていた顔をわずかに上げた。発せられた声には、明らかに動揺が混じっている。



「ヤツが動き出したからな……どうやら、【零】の生まれ変わりもいるらしいぞ?」

「何故この学園に、二人が揃って……!?」

「さぁねえ、どうしてなのかなぁ?まあ歴史は繰り返すというからな、それなのかもねえ……アハハハハハハ!!」



まるで子供のように、心底楽しそうに男は笑う。この空間に笑い声が反響し、染み渡っていくのを、【記録者】は目を閉じながら感じていた。ぞわりと、背中に悪寒が走る。

幼さゆえの残酷さをはらんだ様な笑い声。

もちろん、この男は幼くはないが、どこか成長しきれていないような、そんな印象を抱かせる不気味な響き。こんな『役割』を担っていなければ、早くこの場から立ち去りたいのだがそうもいかない。そんな理由でこの『役割』を放棄することは許されない。

嫌悪感に苛まれながらも、私はコレを見続けなければならない。見届けなければならないのだ。それが、私達がしてしまったことへの、唯一の償いとなるのだ。そんなことを思っているのは、私ぐらいだろうが。



「どう……なさるのですか」

「『表』はこれまで通りで十分だ、体裁だけ整えていればいい。『裏』に調べさせ、排除させる。場合によっては……まあ、今は何も言うまい」



男が空間に向かって手を伸ばす。何かをつかもうとするようにも思えるし、何かを壊そうとしているようにも思える。その手のひらの先に、男は一体何を見ているのか。



「面白くなってきたな。この学園を作った本当の目的、私の長年の夢が……叶いそうだ」



男は笑う。
男は笑う。
狂ったように男は笑う。
手を伸ばしたまま、肩だけを揺らし、歓喜にうち震えている。男がこれほどまでに歓喜する理由を知っている私としては、些か、というよりとても複雑な気分である。……こんなことは、口が裂けても言うまい。















私は、ふと男が手を伸ばした先を見た。
暗闇の中に、何かが揺れるのが視界の端に見えたのだ。頭の中に、何かが引っ掛かった。何かに引かれるように、そちらの方へとゆっくり近づいた。

暗闇の中を進むというのは、距離感だけでなく、方向感覚も狂わせられる。そして、自分の意識すらも薄くなってゆく。薄ぼんやりとした意識の中、ふわふわと浮足立つような奇妙な感覚に襲われながらも、何故か進むのを止められない。

進んでいるのに、進んだ感覚はまったくない。これだから暗闇というのは厄介なのだ。人も動物も×も狂わせることのできる、生けるものすべての共通の弱点、それが闇だ。

それならば、この闇の中を平然とした顔で居座っていられるあの男は、人間ではないのだろうか?いや、彼が人間であること、ヒトであることを私達は知っている。だから、彼は今ここにいて、私が今ここにいるのだから。



そんなことを考えながら進むうちに、何かにぶつかった。無論、痛みは感じない。

それに手を伸ばして触れると、ひんやりとした冷たさにすぐに手を引っ込めてしまった。その何かは透明で、中で銀色の何かが揺れている。闇の中で、静かに光る銀色。よく見なければ気づかないほどに、その存在は希薄だ。

【目】を凝らしてその何かを観察する。その銀色は、ゆらゆらといくつにも分かれて揺れている。糸、だろうか?1メートル程の長さがありそうなそれは、不規則な動きをしている。つまり、この透明なモノの中は、水溶液で満たされているのだと分かる。


銀色。
この色が私の中で、どうしても引っ掛かるのだ。脳裏に浮かぶ姿が、この中に無いことを確認するように、私の【目】は無意識に透明なモノの中を見ていた。

これは、糸ではない。
緩やかに艶めく、白銀の髪。××が愛したこの世でたった一人の、世界を愛し、人間を愛し、ヒトを愛し、×を愛した――――








「おや、どうして君がここにいるのかなあ?」







背後に、いつのまにか、男が立っていた。
目の前の彼の表情は、歪んでいる。口元は笑っているが、絶対零度の瞳で私を見つめている。



「さっきから、ずっといたよねえ?まあ、それだけならいつものことだから、別にいいのだが……コレに触れられてはな」



男は、透明なモノに片手を添え、もう片方ノ手を私の眼前にかざす。
私は答えないし、動かない。
男は私が話そうとしないのを分かっている。促さずとも、ひとりでに言葉を続ける。



「君の正体は知ってるさあ。『昔』は世話になったからねぇ……。かといって、今の私にとっては、邪魔な存在なんだよ」



どうやら、私はここまでのようだ。今回はもう、十分に見届けることが出来ただろう。ここに来ることはいつでもできる。今日のところは、大人しく引き下がろう。

それに、私はこれ以上、××を見てはいられない。



「さあ【介入者】よ、大人しく自分の在るべき場所へと帰るがいい」





男の手が、黒く輝く。
その瞬間、立ちくらみに似た陶酔感が私を襲う。視界が徐々に狭まり、熱が広がるようにじわじわとした痛みが頭の中を埋め尽くし、最後に見たのは、男の、表情。






















ブツン、と景色が弾け飛び、






私の目の前は、砂嵐だけとなった。




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