1周年記念小説
□四つ葉のクローバー
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不「(…あれ?)」
帰り道、土手のところで不二は立ち止まった。
日も沈んで来ていて、辺りをオレンジ色に染める中、見慣れた後ろ姿が草むらにしゃがみ込んでいた。
必死に下を見て、何かを探している。
不「…………」
近付く不二の存在にも気付かないので、余程集中してるんだろう。
目の前まで行くと、やがてゆっくり顔を上げた。
『不二先輩!』
りんは驚いた顔をしたが、すぐにニッコリと微笑んだ。
不「りんちゃん、何してるの?」
『あ、えと…』
口を開けたが、不二を見るなりりんは言いにくそうに言葉を濁らせる。
不二は不思議に思い首を傾げた。
『…四つ葉のクローバーを探してて、』
不「四つ葉のクローバー?」
その言葉に更に首を傾げる。
『裕太さんに上げたくて』
不「裕太に?」
『はい。実はこの間、ストリートテニス場で会って…』
りんは、この間裕太に会った日のことを話し始めた。
『裕太さん、こんにちは』
裕「!りん?」
『珍しいですね。お一人で来られるなんて』
裕「ま、まぁな」
ニッコリ笑うと、りんは壁打ちをする裕太の元へと近寄っていった。
裕太は微かに顔を赤らめ、何か言いたそうに口を開けたり閉じたり繰り返す。
りんが『裕太さん?』と首を傾げていると、やがて決心したように前を向いた。
裕「あ、のさ、寮の近くの駅前にケーキ屋が出来たんだよ。それでよ…良かったら「あっれーりんちゃんだーね」
突如聞こえた声に、裕太の言葉は遮られてしまった。
顔を向けると、柳沢が手を振りながら近付いて来る。
柳沢「裕太ズルいだーね。りんちゃんと一緒だなんて」
裕「ち、違いますよ!さっき偶然会ったんです!!」
『…あの、裕太さん。さっきの…?』
何か言おうとしていたので、最後まで聞こうとじっと見つめるりん。
だが裕太は顔を赤くしただけで、くるっと背中を向けた。
裕「…せっかくだから打ってくか!」
『は、はい』
その後、普通にテニスを続けたのだった―…
『…それで、その後も裕太さん少し元気がなかったから』
不「それで四つ葉のクローバー?」
『はい!四つ葉のクローバーは幸せを運んでくれるって言うから、だからあげたくて…』
『余計なお世話かもしれないんですけど』と、りんは少し苦笑気味に笑った。
不「(きっとデートに誘いたかったんだなぁ…)」
だが、恥ずかしがり屋な弟のこと。
先輩がいては誘えなかったのだろう。
真剣な表情で草むらを見つめるりんに視線を戻し、不二は小さく笑った。
不「裕太ね、実は今日誕生日なんだ」
『ふぇ?そうなんですか!?』
不「うん。だから…見付けたらプレゼントになるね」
不二の言葉に、りんはぱあっと嬉しそうに笑った。
再び小さく笑い、不二も同じように腰を下ろした。
不「手伝うよ」
キョトンと目を丸くするりん。
『いいんですか?』
不「うん。二人の方が早く見付けられるかもよ?」
それに、裕太が喜んだ顔も見たいしと付け足す。
本当はシャッターチャンスを狙っていたのだが、それは言わないことに決めた。
『…ありがとうございます!』
ニッコリ笑ったりんを合図に、二人は探し始めた。
『寮ってこっちでしたっけ…』
不「うん、確か前に来た時の記憶だと…」
りんと不二は、聖ルドルフ学院の寮を目指していた。
その手にはしっかりと四つ葉のクローバーが握られている。
が、あれから二時間も探していたので辺りはもう薄暗く、日もすっかり落ちていた。
『不二先輩、本当にありがとうございました。私一人だったらきっと見付けられませんでした』
隣を歩く不二にペコリと頭を下げる。
りんの顔は微かに汚れていて、努力の結晶が見られた。
不「そんなことないよ。見付けたのはりんちゃんだし」
『裕太さん喜んでくれるでしょうか』とわくわく体を弾ませるりん。
こういうところが好きなんだな、と不二は裕太を思い浮かべながら、一人頷いていた。
無事寮に辿り着き、一階にいる係員に呼んで貰う。
暫くして、本人が姿を見せた。
裕「兄貴?どうしたんだよ…っ」
不「やぁ、裕太」
裕太が目の前まで来ると、不二の後ろから顔を覗かせた人物を見て目を丸くした。
『裕太さん、えと、こんばんは』
裕「!りん、」
珍しい組み合わせに、ただ呆然とする裕太。
りんは恥ずかしそうにほんのりと頬を赤く染めて、後ろ手に隠していたものを差し出した。
『これを、あげたくて』
その手には、小さな四つ葉のクローバー。
裕太は突然のことに頭が着いていけずに戸惑う。
『あの、この間裕太さん元気がなかったから…あ、あと』
『お誕生日おめでとうございます』と、ふわり微笑んだ。
裕太は隣にいる兄に視線を移すと、頷かれる。
納得すると再びりんを見て…だんだんと自身の顔が赤くなっていくのがわかった。
裕「…ありがと、な」
そっと手を伸ばして、小さな手からそれを受け取った。
嬉しくて微笑めば、何倍も嬉しそうな笑みが返ってきた。
不「…母さんや姉さんが、裕太の好物ばかり作って家で待ってるんだ。
今日、パーティーする気満々だよ」
裕「…う゛」
それを聞き、罰が悪そうに言葉に行き詰まる裕太。
対する不二はニコニコと楽しそうで、正反対の表情を見せる二人にりんは頭の上に?マークを浮かべる。
不「僕は先に帰って母さん達に知らせて来るよ。
もう暗いし…裕太、りんちゃんのこと送ってあげたら?」
裕「『え!!』」
目を丸くする二人にニッコリと微笑み、不二は背中を向け颯爽と行ってしまった。
取り残された二人は暫く呆然としていたが、裕太が「…行くか」と呟き、りんも慌てて頷いたのだった。
裕「…何で四つ葉のクローバーなんだ?」
夜の道を並んで歩く。
街灯の灯りを頼りに、足音が響いていた。
裕太が疑問に思っていたことを問えば、『えと、』と少し戸惑うりん。
『裕太さん元気なかったし、四つ葉のクローバーをあげて、少しでもたくさん裕太さんが笑えますようにって…』
裕「………」
『あと、』
少し歩くのが遅くなってしまった裕太へと振り返り、柔らかい笑みを浮かべた。
『裕太さんと…これからも仲良くいられますようにって、思って』
その純粋無垢な笑顔を見て、心底思う。
彼女は、りんは、
人の心を動かすのが上手い。
落ち込んだ時も、こうやってすぐに嬉しくさせてしまう。
裕「…あのさ、りん」
『?はい』
裕「今度、駅前に出来たケーキ屋に一緒に行かないか?
…兄貴とか、皆で」
その答えを聞いて、大きく鳴った胸の鼓動と共に、またもや嬉しくなった自分がいた。
幸せの四つ葉のクローバー
(本当にそうだ)