小話

□ひよこレインコート
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《天秤座のあなたは、傘を持っていつもと違う道を歩くといいことがあるかも!》



跡「…………」




朝食後のアールグレイを飲みつつ、目の前で流れるテレビをぼんやりと眺めていた。


占いなんてもんはいつも馬鹿にして見ていたくらいで、全く信じていない。
……が、今日は何故だか耳から離れなかった。




ミ「坊っちゃま、御車のご用意が整いました」



跡「ああ」




ミカエルの言葉にティーカップを置き、メイドに身仕度を確認されながら長い廊下を歩く。




跡「結構降ってんな…」




外に出て初めて、容赦ない雨が降り注いでいることに気付いた。


自然と溜め息が零れ、制服の襟を一度直し車に乗り込んだ。


















忍「ええなぁ跡部は。どうせ送って貰えるんやろ」




結局雨は弱まることもなく、放課後の部活はミーティングのみとなった。

解散後、忍足に話し掛けられた俺は足を止めた。




跡「まあな」



忍「跡部が傘持っとるとこなんて見たことあらへんもんな」




確かに、幼い頃から送迎が当たり前の生活をしていた為、傘を持って歩いたことはない。


バッと傘を広げる忍足を見ていたら、今朝の占いを思い出した。




跡「……傘ね、」



忍「?ほら、迎えやで」




呟く俺に忍足は一瞬首を傾げ、前を顎で指す。

その視線をたどれば、正門のところに見慣れた車が停まっていて、忍足に別れを告げ歩き出した。




ミ「景吾坊っちゃま、お疲れ様でございました」




車の前で待ち構えていたミカエルは、いつものように俺の鞄を持とうと手を伸ばしてきた。

その手を払ってしまってから、ハッと気付く。




跡「今日はいい」



ミ「え?」



跡「歩いて帰る」



ミ「坊っちゃま…!?」




ミカエルの持つ傘を半ば強引に奪い、了解を得ずに歩き出す。

唐突な俺の行動に驚いてはいたが、「お気を付けて」と背中越しに呼び掛けられた。




跡「(…馬鹿じゃねぇか)」




あんな占い信じてる訳じゃない。



けれど、たまには違うことをしたくなった。




芥「あれ、跡部歩きだCー」



岳「マジだ!どうしたんだよ」




始めは答えていたものの、途中から面倒くさくなって無視することに決め、歩くスピードを上げる。



騒ぐ女達が鬱陶しく思い、少しだけ遠回りになるが違う道を選んだ。






『…跡部さん!』




聞こえた高い声に、ピタリと足を止めた。


ゆっくり振り返れば、黄色のレインコートを着たりんの姿。




『もしかしたら会えるかなって思ってたんです。良かったぁ…』



跡「…………」



『跡部さん?』



跡「ふ、…はははっ」




堪え切れなくなった俺は、吹き出すように笑い声を上げる。


そんな俺にりんはひたすら?マークを浮かべオロオロし出した。




『あ、あの…??』



跡「いや…その着てるやつがな、」



『これですか?えと、傘友達に貸しちゃって…置き傘の代わりに、レインコートがあったの思い出して』




黄色のレインコートは耳やら尻尾やらが付いていて、多分ひよこだろう。

子供用に見えるが、サイズもピッタリと合っていて妙に可笑しい。



まだ首を傾げるりんに再び笑い、フードを深く被せた。




『な、何するんですかっ』



跡「本当に小さいな」



『(そ、そんな染々と…!)』




衝撃を受けた後、りんはムゥと頬を膨らませて俯いた。


…この顔が見たくてわざと言ってしまうなんて、子供じみた自分に笑えてくる。



まだ拗ねたように俯くりんの頭に、ポンと手を乗せた。




跡「入るか?」



『へ…』



跡「入れてやる」




傘を振れば、暫く目を丸くしていたりんは意味を理解したらしい。

『えっと…』と戸惑う姿に小さく息を吐く。




跡「…いいのか?」



『は、入ります!』




『失礼します!』と言いながら傘の下に入るりん。


緊張の表情を見せるりんに口元が緩みそうになるのを抑え、俺達は歩き出した。




『レインコートって濡れないんですよ。……は、くしゅんっ』



跡「………ほぉ」



『い、今のは…えと、』




あたふたと慌てた後、俺を見てりんは顔を赤くした。




『あ、跡部さんは何処か行かれるんですか?』




赤くなった顔を振るい、わざとらしく話題を変えてきた。




跡「…別に。帰るだけだ」




それを言えばキョトンとされる。

そんなに可笑しなことなのか…とだんだん自分がしたことに後悔さえしてきた。




だが不覚にもふわりと微笑まれ、ドキリと肩が揺れた。




『そうなんですか、一緒ですね!』




『私も買い物してたんですよー』とりんは買い物袋を見せる。



…何だこのひよこ。




跡「(……当たったな)」




あの占いも、たまには信じてやってもいいかもしれない。




暫くすると雨は上がり、空にはうっすらと虹が見えた。




隣で歩くひよこはまだ気付いていない。




気付いた時、こいつは多分笑うだろう。












ならば俺の1番好きな顔が見れるまで、あと少し。
 

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