小話

□花火といじけむしと
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「あの〜ちょっと良いですか?」




人混みの中、やけにハッキリした声が聞こえてりんは振り向いた。


浴衣を身にまとう人が多い中、スーツを着た女性は珍しい。
手持ちのヨーヨーで遊んでいたりんは、ニッコリと笑う女性の顔を見つめた。




「さっきから見てたんだけれど、可愛いなぁと思って」



『あ、これはあちらの店で取ったもので、』



「いや、ヨーヨーじゃなくて!あなた!」




丁寧に店を指差してあげると、女性は慌てて言い直した。


キョトンとしていたりんは、意味を理解した途端『ふぇ!?』と慌て始めた。




「誰と来たの?」



『あ…えと、』



「彼氏?」




ズバリ言い当てられて、顔を赤く染めながらコクンと小さく頷く。

女性はそんな初々しい反応をするりんに微笑みながら、「彼氏さん何処にいるかな?」と尋ねてきた。



と…その時、偶然にも「りんちゃん!」と呼ぶ声がして。




白「大丈夫?下向いとったけど、具合悪いとか…」



『え?だ、大丈夫ですよっ』



白「ほんま?」




走って来た白石は微かに汗をかいていて、それが浴衣姿の色っぽさを倍増させていた。


更にはぐっと顔を近付けてくるので、りんの心臓の鼓動は速くなるばかりだ。



何でもないと首を横に振ると、「良かった」と安心したように微笑む。

そんな白石に見惚れていたのはりんだけではなかったようで、近くにいたスーツの女性も目をトロンとさせていた。




白「そうや。これ、リンゴ飴」



『わぁ、ありがとうございます!』




わぁーと嬉しそうに目を輝かせるりんを見て、並んで良かったと白石は心から思った。


伸びてきたりんの手ではなく、白石の腕は違う手にガシッと掴まれてしまう。




「あなた…モデルか何かやってるの?」



白「え?いや、やってませんけど…」



「彼女さんも可愛いし、美男美女カップルだわ〜これ、出てみないかしら?」




そう言って、唐突に何かの広告を見せてきた。



白石とりんは顔を揃えて見てみると。
"ベストカップル大会!"と大きな字で記載されていて、浴衣姿の男女と花火をバックにした写真付きだった。




「参加者には質問に答えて貰って、お客様にどのカップルが1番か投票して貰うの。今年は参加者も少ないし、絶対優勝出来るわよー

優勝商品はなんと…ハワイ5日間の旅!!」



『!』




"ハワイ"と聞き、ぴくっと反応したりん。


胸を高鳴らせながらチラリと白石を見上げて、口を開けようとしたが……




白「…や、ええです。こういうの興味ないんで」



「えー本当?あなた達なら、絶対優勝出来るわよ?」



白「ははっありがとうございます。また今度にしときますわ」




女性は不服そうだったが、「残念だわ」と肩を落として人混みの中に紛れていった。




















花火を見るために、たくさんの人が土手に集まっている。


普段見慣れた河原も、人が集まるとこうも違うのかと白石は改めて思った。
と同時に、軽く溜め息を吐いて隣に視線を向けた。




白「……りんちゃん、ええ加減拗ねんのやめや?」



『……………』




先程までニコニコとリンゴ飴を舐めていたりんは、むぅーと頬を風船のように膨らませていた。




白「(何や、前も同じことあったような…)」




あの時も、花火大会の時だった気がする。


白石は再度溜め息を吐き、りんの顔を覗き込んだ。




白「何も言ってくれんとわからへんでー」



『……………』



白「…そないにあの大会出たかったん?」




ツンツンと膨らんだ頬をつつきながら、白石はまるで小さい子供をあやすように問い掛ける。


ずっと自分の足下を見つめていたりんは、暫くしてコクリと頷いた。




白「俺とハワイ行きたかったん?」



『!ち、違いますっお父さんが、ハワイの海に入りたいって言ってたから…っ』



白「(…全否定やな)」




全身を使って否定するりんに、少しばかり淡い期待を抱いていた白石は内心かなり傷付いた。


りんは頬をしぼませると、今度はぽつりと話し始めた。




『…白石さんは、どうして断ったんですか?』



白「どうしてって?」



『だ、だって、あまりにも即答だったから……私とじゃ、やっぱりつりあってないから…ですか?』




大勢の人に、自分みたいな女が彼女だなんて知られたくないから…?


りんの思考はどんどんマイナスな方向に進み、悲しくて涙が溢れそうになった。



自分の浴衣をきゅっと握りしめていると、ハァ〜と長い溜め息を吐かれて。
「アホやなぁ」と白石の掌がりんの頬を包んだ。




白「あーもー…何で伝わらへんかな?」



『は、はひほれすか?(な、何をですか)』



白「俺がそないな風に思う訳ないやんっ」




左右から頬を包まれ、ぎゅーっと軽く引っ張られる。
それが終わっても、白石の手はりんの頬に触れたままで。


引っ張られた衝撃で涙目になりながら、りんは目の前の白石をそっと見上げた。




白「…逆や、逆」



『逆…?』



白「りんちゃんの可愛いとこ、他の男に知られたくないねん。もし可愛いとか言われでもしたら、俺…絶対嫉妬してまうもん」




その言葉をキョトンとしながら聞いていたりんは、ボッと顔を赤く染めた。

『え、えと…』と返答に困ってしまって、2人して気まずそうに視線を逸らす。




白「それが理由や…わかった?」



『は、はい……』




風船から、あっという間に茹で蛸のような頬っぺたになってしまったりんに、白石はふっと口元を緩めた。


りんはドキドキうるさい胸に手を置きながら、『私、』と勇気を出して口を開ける。




『…ほ、本当は、ハワイ旅行、白石さんと行きた………』




それでも、最後まで言うことが出来なかった。



りんに似てるという理由で、リンゴ飴を買うついでに白石が購入していたウサギのお面。


それが顔の横に置かれ影を作ったと同時に、白石の薄い唇が自分のそれに重なった。




一瞬の出来事にほけっと立ち尽くすりんの唇を、白石の親指がなぞる。




白「めっちゃ甘い。あ、そっか、さっきまでリンゴ飴食べとったもんな」




その親指をペロリと舐められた時、漸くりんは事を理解したのだった。











白「…りんちゃん、花火終わってまうで?」



『わ、わかってます……っ』




数分後。打ち上がる花火を見ることもなく、ただ両手で自分の顔を覆うりんの姿があった。
 

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