小話

□イチャイチャしないでA
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「あの……白石先輩おりますか?」




4時間目が終わって、購買にダッシュしようと勢い良く教室を開けると。

そこに立っていた女子が、「あっ」と俺の顔を見て小さく叫んだ。



もしや…と視線をその子の手元に持っていくと、可愛らしくラッピングされた包みに気付く。




謙「(…またかい!!)」




俺は次に言われるやろう台詞を予想しながら、頭を抱えたくなるのをぐっと堪えたのやった。












被害者・忍足謙也の場合。














俺と白石は家が近所で、幼稚園からずっと同じ所に通う幼馴染っちゅーやつで。
今では大親友とも呼べる間柄になったと思っとる。


せやからお互いに知らへんことはないし、相手の行動パターンも勝手に予想が付いてまう。




謙「(多分、"あそこ"やな)」




俺は渡された包みを丁寧に抱えて、「忍足ー!廊下は走るんやないでぇ!!」と叫ぶ先生の声を風のように聞き流し、目的の場所に向かってダッシュした。




保健室をガラッと開けると、すぐにカーテンで仕切られとる場所に気付いた。





謙「白石ー開けるでー」




シャッと開けると、ベッドに横になっていた人物がゆっくり振り返った。


学ランの上着を椅子に引っ掛け、はだけたYシャツ姿で白石は俺を迎える。
「何や、謙也か…」と呟いた声は何処か掠れていて、女子が見たらまた騒がれるんやろうなぁと肩を落とした。




白「良くわかったな、ここにおるって」



謙「そりゃ毎年のことやからな。毎度毎度、避難ご苦労さん」




頭の後ろを掻きながら体を起こす白石。

中学2年生にもなれば、身長がぐんと伸びる奴が増えるのは当たり前で。
白石も例外やなく、ここ1年で立派に成長を遂げていた。(俺も伸びたけどな…!)



まだ眠そうにぼんやりした目が俺を見据えた瞬間、サッと顔色が変わっていく。




白「それ……」



謙「あー…うん。さっき教室出る時渡されてな、」




足元に置いてある紙袋には、同じようにラッピングされた物が溢れんばかりに入っとる。


脱力した様子の白石を見て、「いやいや、溜め息吐きたいのはこっちやからな!?」とつい叫んでしまった。




謙「毎年お前が逃げ回るせいでなぁ、チョコ回収役は俺に回ってくるんやで」




「俺はお前のマネージャーか!」と流れるようにツッコんでまうと、「…ほんまに、悪いと思っとる」と白石の頭が下がっていく。




白「せやけど、毎年バレンタインデーの前日になると悪寒が止まらんねん……
悪夢にうなされて寝不足やし、1週間前から姉ちゃんや友香里にチョコの失敗作散々食べさせられるは、"折角なら高級チョコ貰って来い"言われるは……」




「バレンタインって、ほんま苦手や」
そう独り言のように呟いたきり、白石は黙ってしまった。




謙「(……これも天然なんやもんな)」




モテない男子達が聞いたら怒り狂いそうな言葉やけど、白石がこう思うんも無理はない。



幼稚園児の頃から整いすぎた顔面のせいでモテモテやった白石は、いつも女の子達に腕を左右に引っ張られていた。(+家に帰れば姉に女装されて遊ばれる)


小学生の頃はバレンタインになると何処までも追い掛け回され、ランドセルに勝手に入れられる始末で。(+家では姉妹のチョコ作りを手伝わされる)



そして、時は中学……。
1年の頃は先輩や同級生が授業が終わる度に訪れ、2年になればそこに下級生が加わり……最初は丁寧に対応していた白石も、今や休み時間になるとこうして身を隠すようになった。





謙「せやけどなー…何や、悲しいな」



白「え?」



謙「バレンタインって、本来はハッピーなものやろ?」




俺なんてバレンタインが近付くとソワソワドキドキしてまう。
まぁ母親とクラスメートからの義理チョコしか貰えへんけど……それでも毎年楽しみやった。




謙「白石が肉食女子が苦手なんはわかるけどな…このチョコやってお前の好みに合わせてビターやし、手紙やって一生懸命書いたかもしれへんやん」




「そういうの、嬉しないか?」と聞く俺を見て、白石の切長の目が丸くなる。


俺が言うことやないのはわかっとるけど。
白石に渡す為にチョコを持ってくる、女子達の表情を思い出してしまったから。





白「…うん、そやな。謙也の言う通りやわ」




白石は俺が手に持っていたチョコレートの包みを受け取ると、ふっと頬を緩めた。




白「俺、謙也のそういう擦れてへん所、好きやで」



謙「何やねん急に。お前に告られても嬉しないわ!」



白「ははっそやな」




笑い合った後、「何や、急にお腹空いてきたわ…」と白石の呟きと共に、俺の腹の音も豪快に響き渡る。
「あ、そや!」と俺は白石の鞄もついでに持って来たことを思い出した。




白「謙也、購買行けてへんやろ?お礼に俺の弁当あげるわ」



謙「え、ほんま??それはめっちゃ嬉しい!」



白「よし、俺は貰ったチョコでも食べよかな」



謙「鼻血出さへんようにな」




お言葉に甘えてもぐもぐと弁当を頬張りながら言えば、紙袋を探っていた白石が笑う。




謙「(…やっぱ、勿体ないわ)」




白石の良い所も悪い所も知っとる。
そんでもやっぱイケメンやなぁって思うし、俺の自慢の親友やから。



せやから、バレンタインが苦手なんて……白石には思って欲しくない。



俺は彼女こそおったことないけど、あの高揚した楽しい気持ちを白石にも知って欲しかった。





謙「(……どんな子なんやろうなぁ)」




いつか白石が恋する相手は、どんな子なんやろうか。
その時……白石はどんな顔をするんやろうか。





白「あ、これ謙也宛てやで?"忍足先輩へ"って書いてあるし」



謙「!?!?ほんまや、"白石へ"って言われすぎて麻痺してたわ…!しかも名前書いてへんやん!?」




渡された小さな包みを解きながら、「嘘やろ…」と絶望する。
口の中に入れたチョコは甘い筈やのに、涙で少ししょっぱい気がした。
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