小話
□ヴァンパイアは笑う
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10月31日。ハロウィンの夜に、りんは跡部邸を訪れていた。
ハロウィンパーティーに参加するには仮装することが条件になっていて、皆は其々の個性溢れる衣装に身を包んでいた。
芥「りんちゃーん!trick or treat!」
岳「俺も俺も!」
『はいっどうぞ』
ぴょんっと跳ねるように近付いてきたのは、羊の格好をしたジローと、魔法使いの格好をした岳人。
りんはその姿にニッコリと微笑み、肩に掛けた小さいポシェットからキャンディーを取り出す。
嬉しそうに口に咥える2人にも同じように言えば、クッキーとマシュマロをくれた。
『そういえば、前も皆でハロウィンパーティーしたね』
岳「そうそう、あれから跡部の奴すっかりハマっちまって、イギリスから色々取り寄せたらしいぜ」
『!そうなんだ』
岳人の説明を聞きながら当たりを見渡して、本格的すぎるセットや衣装に納得した。
その主催者の跡部はというと…「ほぅら、お菓子が欲しい奴は俺様の元へ来い!」とステージの上で高笑いしながら配っていた。
頭には立派な角を生やし、黒マントと牙を付けた姿は…魔王なのか王様なのか。
りんは後で自分もお菓子を貰いに行こうと思いながら、2人から貰ったものを口に入れる。
甘く広がる味に浸っていると、「その格好って天使だよね?」とジローがじっと見ていた。
芥「超超似合ってる!本物みたいだC〜」
岳「ジロー…本物見たことあんのかよ?」
芥「がっくんだってかわE〜って言ってたじゃん」
岳「っ!///」
図星を言われて、カァッと赤くなる岳人。
褒められたことが嬉しいりんは、赤くなりながらも『あ、ありがとう…///』とはにかんだ。
ジローの言う通り、白のミニワンピースの背中には真っ白の大きな羽を生やし、頭には輪っかが付いたカチューシャを付けて…… りんは天使の仮装をしていた。
『(雪ちゃんに、改めてお礼言わなきゃ)』
ハロウィンパーティーに招待されたと言ったら、「任せなさい!」とやけに張り切っていた友人の姿は記憶に新しい。
借り物なのに何故かサイズがぴったりで、りんは不思議に思いながらも可愛い衣装に喜んだのだった。(※雪は演劇部に依頼して作ってもらいました)
リョ「りん、」
『お兄ちゃん!』
狼の耳と尻尾を生やした兄の姿を見て、"可愛い""かっこいい"と伝えたくてうずうずしてしまう。
リョーマは妹の考えなどお見通しなのか、「…それより、自分の格好気にしなよ」と呆れたように溢した。
『!へ、変かな…?』
リョ「そうじゃなくて…その格好で来たの?」
疑いの眼差しを向けられて、りんはコクコクと頷く。
今日、りんは雪の家から直接来たので(←メイクやヘアセットもやって貰っていた)お互い別々に来ていた。
だから…妹が袖や丈の短いスカートを履いて露出していることなど、知らなかったのだ。
リョーマは自分の鞄を置いたところに行き、ストールを取り出して戻って来る。
それを広げ、有無を言わさずりんの肩にふわりと掛けた。
リョ「(まぁ、下は隠れてないけど…あるだけマシか)」
『?お兄ちゃん?貸してくれるの?』
リョ「…うん。なるべく付けてて」
『わ、わかったっ』
良く理解していなかったが、兄の香りに包まれて嬉しいりんは『ありがとう、お兄ちゃん』と微笑んだ。
芥&岳「「((過保護だ……))」」
頭を撫でられてパタパタと尻尾を揺らすりんと何処か満足気なリョーマを見つめ、2人は同じことを思っていたのだった。
***
ご馳走やお菓子をたっぷり堪能したりんは、裏庭を訪れていた。
跡部邸には大きな薔薇園があり、夜になるとイルミネーションと共に輝いてとても幻想的だ。
りんは秋の肌寒い風に当たりながら、ストールを貸してくれた兄に感謝した。
静かにバラ園を堪能していると、前からコツ、と誰かが近付く気配がする。
『……白石さん?』
そこには、りんの恋人である白石が立っていた。
嬉しくて小走りで近寄ると、彼もいつもと違う格好をしていることに気付く。
白石は黒シャツにベストを合わせていて、スーツのような装いにマントの襟を立て…首にはチョーカーも付けているようだった。
『えっと、ヴァンパイアさん?』
白「…ぷ。ははっ何でさん付けなん?」
小首を傾げて問うと、「正解です」と白石は柔らかく微笑みながら答えてくれる。
その笑みにドキンと胸を高鳴らせたりんは、ぱっと下を向いた。
『(かっこいい……)』
白石はスタイルが良いのでどんな格好をしても似合うと思っていたが、今日は特別に輝いて見える。
更にこのバラ園と黒の衣装に身を包む白石がやけにマッチしていて、りんの鼓動は速まっていくばかりだった。
「りんちゃん?」と不安そうな声を聞いても、恥ずかしくて目を合わせらない。
『え、えと……(ち、近いよぉ///)』
顔を覗くように見つめてくる白石に、全身が熱を帯びていく。
1人であたふたと慌てるりんの額に、ちゅ、と白石が口付けを落とした。
『ふぇ?///』とぶわっと顔を真っ赤に染めながら前を見ると、横を向く白石の耳元も何故か赤くなっていた。
白「ごめん、可愛すぎて……」
『え、え…?///』
白「いや、その…りんちゃんの格好と仕草がな」
視線が合うと、コホンとわざとらしく咳払いする白石。
りんは自分の格好を見渡して、『これ、雪ちゃんが貸してくれたんですよっ』とストールを外して天使の格好をちゃんと見てもらおうとする。
すると白石は目を見開き、「っアカンから…」とへなへなとしゃがみ込んでしまった。
『!白石さん、大丈夫ですか?』
白「もーりんちゃんは、どうしてそんなにかわええの……」
『!///』
心臓にハートの矢が何本も刺さった白石は、「くう…っ」と身悶えながら何かと戦っている。
りんも一緒になってしゃがみ込み、彼の頭を優しく撫でた。
白石はその仕草に再び胸キュンしながらも、ゆっくり癒されていく。
白「…なんや、天使と吸血鬼って悪いことしとる気分」
『悪いこと?』
心配そうに自分を見つめているりんの頬に、そっと掌を添えて。
「天使さん、trick or treat」と耳元で甘く囁くと、りんの体はびくんと可愛らしく震えた。
りんはポシェットを探り、キャンディーを取り出す。
そのまま渡そうとしたが、「あ」と白石が口を開けて待っていることに気付いて、そっと口の中に入れた。
白「ん、ミルク味?美味しいな」
『はいっあの…白石さん、』
『trick or treat』と控え目に言えば、白石は瞳を細めて柔らかく笑う。
その姿にドキッとしながら待っていると、はいと小さなチョコレートを差し出してくれた。
それはりんの掌ではなく、何故か白石の口に咥えられてしまう。
『?えと、』
動かない白石に、暫く戸惑っていたりんもハッと察する。
高揚していく頬と大きく鳴る心臓の音を感じながら、白石に顔を近付けた。
パキッとかじると、ほろ苦いチョコレートの味が口いっぱいに広がっていく。
『(……でも甘い、)』
ビターな中にほんのりとした甘さを感じて、りんはそっと白石に視線を移す。
輝く赤い薔薇に包まれた白石は、優しく妖艶に微笑んでいた。
もう、甘いキャンディーも、ほろ苦いチョコレートも2人の間にはない。
天使はヴァンパイアに吸い寄せられるように、無防備な唇を近付けた。