小話
□花のように
1ページ/1ページ
君が微笑むと蕾が花を咲かす。
君が落ち込んでると花が萎れたようで。
君が楽しそうに声を上げて笑うと、ふわりと花が舞うんだ。
その美しい花に魅了されるように、今日も目が釘付けになるーー
『白石さん?』
淡い桜の中にいた筈のりんが近くで覗き込んでいて、白石はハッと気付いた。
携帯を向けて写真を撮ろうとしていたら、シャッターを切るのも忘れてしまったらしい。
白「りんちゃん、花弁がいっぱい付いとる」
『?』
柔らかい栗色の髪に溶けんでいる花弁を手に取ると、りんは恥ずかしそうに『あ、ありがとうございます…』と微笑んだ。
白「(…ほら、また咲いた)」
小さく膨らんだ蕾が、ぽっと可愛らしい花を咲かせるように。
そんな風にりんが笑うから、一面に広がる桜並木よりも彼女から目が離せなくなる。
白「(俺、相当どうかしとるなぁ……)」
りんはいつも自分のことを桜のようだと言ってくれるが、彼女の方がずっと花が似合うと思う。
いや寧ろ、りん自体が花のような存在なのだが……
白石がりんの魅力について悶々と考え込んでいると、カシャッとシャッターの音がした。
驚いて顔を上げると、『白石さん綺麗だったから』と頬を桜色に染めるりんがいた。
白「こら。勝手に盗撮したらあきません」
『ええっ自分だっていっぱい撮ってるのに…』
白「俺はええのー彼氏の特権なんやから」
『わ、私だって、』
白「ん?」
『か、彼女で…』と赤い顔で主張するりんを見て、白石の瞳が細まる。
本当は続きをわかっているのに、聞こえないフリをしてしまうのは意地悪だろうか。
ふわりとりんの頬に落ちた花弁に、そっと手を伸ばす。
『?』と目を丸くする彼女が愛おしくて、そのまま腰を屈めてキスをした。
慌てて熱を持った頬に手を添えるりんに、ふっと白石の口元が綻んでいく。
『っ!?もう…いきなりは駄目です///』
白「(かわええ…)いきなりじゃなきゃええの?ほなりんちゃん、キスしたい」
『!』
白石の視線に耐えられなくなったりんは、ついに真っ赤に染まった顔を両手で覆ってしまった。
『うう…』と声にならないものを発しながら、逃げるようにだっと駆け出してしまう。
白「りんちゃーん!?って足はやっ!」
『っご、ごめんなさい〜!』
脱兎の如くどんどん先に進んでしまうりんを追って、白石も駆け出した。
人も疎らだが、桜並木の中を追いかけっこする姿はバカップル丸出しだ。
白石はそんなことは全く気にせずに、淡い色の中に溶け込んで行く彼女を見落とさないように必死だった。
白「(……ああ、綺麗やなぁ)」
桜に包まれるりんが何よりも綺麗で、キラキラと眩しくて。
りんの手を掴むと、堪らずに抱き締めてしまった。
2人の真上には丁度桜の木があり、まるで姿を隠してくれるように満開に咲き誇っている。
『に、逃げてごめんなさい…』
白「ううん、恥ずかしかったんやろ?」
りんの足の速さを思い出して、「…ふ、ははっ」と溜まらずに笑ってしまう白石。
その反応に悔しそうに頬を膨らませながら、『そんなに笑わないで下さい…っ』とりんはポカポカと白石の胸を叩いた。
白「かわええなぁ、りんちゃんは。ずーっと可愛い」
『ずっと?』
白「うん。もー可愛くてしゃーない…」
ぎゅっと優しく抱き締めれば、すぐに返してくれるところも。
恥ずかしそうにしながらも目を瞑って、次の行動を受け入れてくれるところも。
白石は桜に包まれるりんに見惚れながら、額にそっと唇を寄せた。
「ーー"春霞 たなびく山の 桜花 見れどもあかぬ 君にもあるかな"
これは古今和歌集の、紀友則の恋の歌ですね」
教室の窓際からは校庭の桜が良く見える。
白石はぼおっと頬杖を付いて、春風になびく花弁を目で追っていた。
「現代語訳として…」と話す国語教員の声を聞きながら、自然とあの日のりんの姿を思い浮かべる。
「"春霞がたなびく山の桜はなんとも美しく見ても見ても飽きないように、何度逢っても魅力の尽きないあなたであるなあ"という意味で……」
白「…………」
口付けした後、にっこり笑ってりんを見つめるときょとんと目を丸くしていた。
白「…あ、口にすると思ったん?」
『!ち、違いますっ///』
図星だと言いた気に白石のトレンチコートの中に顔を押し付けるりんに、勝手に口元が緩んでいく。
いつまでも慣れなくて初々しい様に、白石がどんなに心を掻き乱されているか、きっと知らないのだろう。
「桜を愛でるようにいつまでもあなたを見ていたい。つまりー……」
白「(……ああ、そうか)」
「恋の真っ只中である、ということです」
君が頬を染めて笑うと、ぱっと世界に色が付いたように花が舞う。
この気持ちは、恋と呼ぶには十分で、愛してると思えば止めどなく溢れて……
白「(俺もう、とっくにりんちゃんのものなんやなぁ…)」
優しく高鳴る胸の鼓動、温かい体温、ほんのり染まった頬を上げて微笑む顔。
白石はまた一つ宝物を刻むように目を瞑って、彼女と過ごした桜色の日を思い出していた。